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 仁科次長は、思いつめたような表情で出社してきた檜山を見て、顔をしかめた。心配だ。ここ二カ月ほど、檜山の様子がどうもおかしい。余裕をなくしてしまった感じで、以前ののんきさや素直さがなくなっている。三カ月前の、上司の神山部長の声が、耳によみがえる。

「檜山君か。彼にプロマネは、少し早いんじゃないのかね」

 その懸念に対して、仁科は太鼓判を押したのだ。

「いや、あいつは線が細そうに見えて案外肝が据わっているところがあります。責任感も持っていますし、一度プロマネを任せて経験を積ませれば、きっと化けてくれますよ」

 早計だったか。責任感が悪い方に振れて、檜山は自分で抱え込み過ぎているようだ。重要度のコントロールができずに、とりあえずすべてをこなそうとしているらしい。

 一瞬ためらってから、仁科は檜山に声を掛けた。

「おい檜山、ちょっと」

 上司に手招きされて、檜山は露骨に嫌な顔をした。邪魔の入りにくい本社で、リカバリープランをまとめておきたかったのだ。非常に運が良ければ、亜佐美と会食できるかもしれない。既に二度もダメ出しをくらっていることから見て、かなり望み薄ではあったが。

「はい」

 檜山は仏頂面で仁科次長の前に立った。

「リカバリープランはできたのか?」

「これからです」

 仁科次長は顔をしかめた。

「出来上がったら俺もチェックしておきたいんだが、いつできる?」

「昼一番に久留米さんと打ち合わせなんで、それまでには」

「それじゃ事前に見る時間がないじゃないか」

 檜山は反抗的に顎を上げた。

「久留米さんが時間を指定して来られたので。その場で擦り合わせてから、後で報告しますよ」

 事前レビューもなしに顧客にプランを出そうってのか。普段の仁科だったら頭ごなしに叱りつけていたかもしれない。しかし、檜山の顔つきには、そういうリアクションをためらわせるものがあった。

 まあいい。久留米主任なら、よく知っているし、裏で話も聞いている。何かあってもフォローできるだろう。やれるだけ自分でやらせてみるか。仁科は最低限のアドバイスだけ、しておくことにした。

「とにかく落ち着いて考えろよ」

 檜山は、てんで分かっていない顔で答えた。

「分かってます」

「いいか、向こうからリカバリープランを出せと言ってきたということは、現実解に持ち込むチャンスだぞ。闇雲に押し込もうとするなよ」

 次長の考えは甘い。檜山はそう思った。ちゃんとやれるという答えでなければ、久留米主任はまた突き返してくるだけだ。

「少し遅れているだけですから、追い込めばリカバリーできますよ」

 仁科次長は、首を横に振った。

「勢いではリカバリーなんてできない。前にも言ったろ? フィージビリティーをきちんと抑えておけよ」

「はい」

 簡単に答えて檜山は踵を返した。

 仁科は渋面を浮かべて檜山の背中を見送った。やはり、叱りつけてでも、やり方を改めさせるべきだったかもしれない。

(つづく)

<挿絵:大久保 友博>
小浜 耕己(おばま こうき)
スミセイ情報システム PMO部 統括マネージャ
住友生命保険で情報システムの開発とプロジェクト管理に従事。スミセイ情報システムに出向後、品質マネジメントシステムを担当し、全社PMOチームの立ち上げに携わる。サラリーマン稼業の傍ら小説家の顔も持つ。高校時代に書き始めて就職後にデビューした。SF、ミステリー、ホラー、ファンタジーなどフィクションの著書多数。日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。