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「それでも爆発しなかったのね。偉い偉い」
亜佐美は、まだ首が据わっていない娘の真実を抱いたまま、夫である檜山の頭をなでた。檜山は、くすぐったそうな表情になって、わが子の顔を見下ろした。
「だってほら、こいつもいるんだしね。辞表をたたきつけるわけにもいかないから」
真実が不意に目を開き、ぐぐう、というようなご機嫌な声を上げた。小さな両の拳を、まん丸い顔の下で握っている。
亜佐美は、早くも身に付き始めた母親の笑みを浮かべた。
「パパ頑張れって言っているのよ、この子」
「そうだな」
檜山は、そっと真実の拳に触れた。真実が笑うような声を出す。こうしていると、しみじみと思う。もちろん、仕事も大切だけれど、自分にとって本当に大切なのは家族。亜佐美とこの子だ。優先順位を間違えないこと。短気を起こさずに、家族の生活を守るのも、俺の務めだからな。
「それで、どうするつもりなの?」
妻の問いに、檜山は顔を上げた。
「どうするって、もう少し、野本常務の話を聞いてみるよ。何せ、上司の指示なんだから」
「そう。大変ね」
真実が、まだ小さな足をバタつかせた。檜山は、胸の内で返事をした。うんうん、大丈夫だよ。パパは頑張るからな。