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「というわけなんですよ」

 プロジェクトマネジメント部(PMO)の岡崎担当部長の前で、檜山は、話を締めくくった。日ごろ、変更管理について口を酸っぱくして指導している岡崎『女史』なら、分かってくれるだろうと思ったのだ。顧客のニーズも理解できるが、現段階でスコープが膨らめば、プロジェクトの破綻は目に見えている。

 そして、プロジェクトマネジャーの立場で要求を跳ね返すチャンスは、明日のステコミの場しかない。相談なら仁科次長とすべきなのは分かっていたが、『女史』に経緯を説明したのは、檜山なりに切羽詰まった上での行動だった。

 しかし、岡崎『女史』のリアクションは、檜山が予想した以上に冷ややかだった。彼女は、きれいにラインを引いた眉をつり上げると言った。

「それで、私に泣き付いてきたってわけ、檜山クン?」

「泣き付くなんて、そんな…」

 『女史』は突き放すように言った。

「あのね。ちょっと筋が違うんじゃないかしら。仁科さんの指示で、野本常務と話をしたんでしょ? だったら、仁科さんと一緒に作戦を立てるべきなんじゃない? 私なんかにリークするんじゃなくて」

 檜山は相手の言葉にひるんで、背を反らした。リークなんて言われると自分の方が裏切り者みたいだ。

「確かに仰る通りなんですけど、あの、仁科次長は…」

 『女史』は、にこりともせずに、口ごもる檜山を見つめた。

「仁科さんは、弱腰すぎると?」

 檜山は、慌てて首を横に振った。

「いや、そんなつもりじゃ」

「そういうことでしょ。上司が弱腰で、お客さんに押し切られそうだと思ったから、あなたは私のところに来た。違うの?」

 檜山は、力なく頭をかいてから、顔を上げた。

「まあその、そうかもしれません」

「でも、あなた自身がニッケイ物流の野本常務の説得に失敗した。そんな状態で、私に何をしろと?」

 檜山の顔が赤くなった。

「それは…」

「どうしたらいいか、教えてほしいの? それとも、仁科さんを説得してほしいの?」

 檜山はうつむいた。『女史』に言われてみると、どちらも途方に暮れた子供のわがままみたいに聞こえてくる。

「私は、どっちもするつもりはないわ。知ってる? 仁科さんは、ちょうどあなたくらいの頃、27カ月にわたって、ニッケイ物流さんで仕事をしていたのよ」

 檜山は知らなかった。だから次長は今回、妙に顧客の肩を持つのだろうか。しかし、『女史』は違う考えのようだった。彼女は少し間を置いてから言った。

「一つ、言っておくわね。あなたは、大きな勘違いをしている。プロジェクトはね、プロマネのものじゃないのよ。そして、プロマネが守らなくちゃならないのは、プロジェクトそのものではない。プロジェクトが作り出す設計書やルール、スケジュールだけを守り通したって、何にもならないのよ。わかる?」

 ブルーのフレームの奥で、檜山の目が丸くなった。意外だ。PMOの立場からは、プロジェクトのルールやスケジュールは絶対だと思っていた。なのに、『女史』は違うと言う。では何が最優先事項だというのか。

「わかっていないようね」

 『女史』の眼光が、少しだけ和んだ。

「さっき自分がした話を、もう一度おさらいしてみなさい。それから…」

「ええと、急いで仁科さんと相談します。ありがとうございましたっ」ハイスピードで頭を下げて、自分の前から逃げ出して行く檜山を見送りながら、岡崎『女史』は思った。

 もうちょっと、もうちょっとのところなのになぁ。檜山クン、なあにをやってんだか。