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「檜山、ちょっと…」

 通称「雛段」と呼ばれる壁際の席から手招きした仁科次長の声が、いつになく重たかったので、檜山は一瞬ぎくりとした。先月まで担当していたハクキン食品の新管理会計システムに、何か不具合でも出たのかと思ったのだ。

 だが、そうではなかった。仁科次長は浮かない顔で切り出した。

「実は、ちょっと頼みがある。社内で立ち上がった管理会計のプロジェクトなんだが、お前にPMをやらせては、って話が持ち上がってな」

 難しい話ではなさそうだったので、檜山はほっとした。

「ああ、あのプロジェクトですか。いろいろと話は聞いています。経理部の砂川は同期だし、経営企画部をとりまとめている伴野さんは大学の先輩です」

「そうらしいな」

 仁科次長は何だか口が重い。

「もともと、情報システムグループの湊君がPMをやるはずだったんだが、例のけがで1カ月ばかり出社できなくなったもんだから」

 檜山より二年先輩の湊は、「少年サッカーの指導が本業、仕事は余技」と公言してはばからない男だ。言葉通り指導に熱中していて転倒、アキレスけん断裂、尺骨骨折の重傷を負ってしまったのだった。

「俺には別の腹積もりがあったんだが、神山部長がぜひにとお前を推してな。最近まで管理会計のプロジェクトを担当していたことだし、本人に異存がなければ担当してもらおうってことになったんだよ」

 神山部長は仁科次長の上司で、檜山が所属する開発第3部の部長。実質的に開発第3部を切り回している仁科次長も、正規の権限を持つ神山部長には逆らえない。

 檜山は気軽に答えた。

「いいですよ」

 社内プロジェクトを担当するのも悪くない。職場は自社なので、客先のように四六時中気を使っている必要がない。収支確保のプレッシャーもかからないし、関係者はほとんどが知り合いで気心が知れている。通勤時間は短くて済む。受注プロジェクトに比べれば、天国みたいだ。

「いいのか?」

 仁科次長の言葉に、檜山は元気よくうなずく。

「はい。さっそく関係者にあいさつしてきます!」