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「富永には目をかけていたんだ。でも、忙しすぎて、ろくに話をしていなかった。しっかりした優秀な部下だから、かまわなくても大丈夫だと思ってたんだな。他にもっとフォローしなくちゃいけない部下がいたから。面談もおざなりに済ませてたらしい。彼女は今でも後悔してるよ。きちんと話をしていれば、もっと部下の意欲と能力を生かせたはずなのにって」

「なるほど」

 そうだったのかと檜山は思った。関谷グループ長は自分の経験から、面談を適当に「こなす」というスタンスでは駄目だと知っていた。そしてそのことを、自分に伝えてくれようとしたのだ。彼女の教訓は重い。考えてみれば、部下にとって、今後のキャリアの積み方は1つひとつのプロジェクトより重要だ。ある意味、人生設計にもつながるのだから。

 だが…。

 檜山は迷った。

 山科との面談は、もうキャンセルしてしまった。進捗会議のついでに話そうという檜山の提案を、彼は即座に受け入れてくれたのだ。

「そうですね。あらためてご相談することはありません。檜山さんもお忙しいでしょうし」と。

 例のデータセンター見学が急に入ったんだから仕方がないじゃないかと、自分に言い聞かせる。

 面談のチャンスは、別に今日だけじゃない。来週時間を取ってもいいし、電話で話すこともできる。第一、山科は合意したんだ。何も今さら…。

 ふいに、亜佐美と真実の顔が脳裏に浮かんだ。亜佐美は、真実を抱きながら、不満そうな顔をしている。亜佐美の言葉がよみがえった。

「真実たんは、自分ではまだ文句言えないからカワイチョでちゅよねー」

 わかったよ、と檜山は思った。わかった。わかりました。わかったってば。

 檜山は、ゆっくりと席から立ち上がり、営業部のフロアに向かった。

<挿絵:大久保 友博>
小浜 耕己(おばま こうき)
スミセイ情報システム PMO部 統括マネージャ
住友生命保険で情報システムの開発とプロジェクト管理に従事。スミセイ情報システムに出向後、品質マネジメントシステムを担当し、全社PMOチームの立ち上げに携わる。サラリーマン稼業の傍ら小説家の顔も持つ。高校時代に書き始めて就職後にデビューした。SF、ミステリー、ホラー、ファンタジーなどフィクションの著書多数。日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。