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 檜山は、ぼんやりと天井の蛍光灯を眺めた。頭がぼうっとしている。体がだるくて、布団が重く感じられる。それも当然だ。インフルエンザではなく夏風邪らしいが、体温が38度を少し超えている。

 妻の亜佐美が枕元に置いてくれたスポーツドリンクのペットボトルを引き寄せて、一口含んだ。冷たい液体が、口中に心地よい。妻は今、娘を連れて買い物に出ている。最近、近所のスーパーは朝9時から営業している。もう何時になったか…檜山は、左手を布団の外に出して、スマートフォンをつかんだ。

 9時25分。部下の霧島佳代子はもう、客先の高輪メタル工業に着いているはずだ。基本設計フェーズのキックオフミーティングは10時に始まる。

 やっぱり、誰かに同席を頼むべきだったか。仁科次長に頼めなくても、吉山ゆかりあたりがいれば、急場をしのげる。霧島1人で、言うべきことが言えるかどうか。

 檜山は、スマートフォンを顔の前に持ってきて、うるんだ目でアドレス帳を見つめた。とりあえず、電話を掛けて一言アドバイスを。そう思って人さし指を動かす。しかし、画面にタッチする前に指の動きは止まった。

 「手取り足取り」という言葉が頭をよぎる。仁科次長のにやけた顔が頭に浮かぶ。

『事細かに指示を出しすぎると、いつまでたっても部下は成長せんぞ』

 檜山はスマートフォンを投げ出して、目を閉じた。

 ちくしょう。勝手なおっさんだ。自分が一番心配していたくせに。

 熱のせいで働きが鈍った頭で、檜山は1週間ほど前のことを思い出し始めた。


 仁科次長は、腕を組んで宙をにらんだ。

「高輪メタル工業さんの統合情報システムも、いよいよ基本設計だな。霧島1人で大丈夫か?」