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 バスに乗ると、後ろの方にしか空いた席がなく、メンターである森田さんとは席が離れた。席に座っていると、小太りの権田さんがバスに乗ってきた。

 「この席、座っていいかい?」と言いながら、私の返事を待たずに権田さんは私の横の席に座ると、続けて話し始めた。

「いつ来てもシリコンバレーは、次から次へと新しい発想の企業が現れるから面白いよ。ここにいたら、私でも起業できるんじゃないかと錯覚してしまうところだ。ところで、杉下君はこのツアーになんで参加したの?」

 私は、新規事業開発部に配属された話をした。

「そうか。新しい事業の柱を作るのか。最近、うちの会社は事業をたたんでばかりで、久しく新しい事業なんて立ち上げてないからなあ。うらやましいなあ」

 権田さんは日本の電機メーカーがかつてはパソコンやゲーム機など新しい事業に積極的に取り組んだ話をしてくれた。中でも半導体と液晶パネルは多額な投資が必要になるにもかかわらず、こぞってみんな参入したとのことだ。

「半導体も液晶パネルも、みんな争うように投資して新規の事業として立ち上げたんだ。でも、今では他社の事業と統合したり、売却してしまったりでほとんど残っていないよな。一時は、どちらも花形産業で、大きな利益を上げたことを考えれば、新規事業としては成功と言えるし、そのときに培った技術は大きな財産として今でも活用されている。でも現状を見るとやるべきだったのかと疑問に思う人もいるかもしれない。新規事業は、どう見るかで成功とも失敗とも言えるということだよ」

 半導体はかつて日本企業が世界の半分のシェアを握ったこともある。大型の液晶パネルにいたっては日本から始まり、韓国メーカーが参入してくるまでは、世界で生産しているのは日本メーカーだけだった。でも今はどちらもかつての面影はない。

 権田さんは新規事業開発の相談に乗ってくれると言ってくれた。

「参考になるかどうか分からないけど、こんな話でよければ、いくらでもしてあげるよ」

 権田さんの大手電機メーカーの事例は、建設業界とは環境が異なるものの、浮き沈みが多い業界だから示唆に富んでいて参考になる。頼もしい相談相手を得たと思い、礼を言った。