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「顧客第一主義。今風に言えばカスタマーファーストとでも言うのかな。そのためには、顧客のニーズを探ることがとても重要だし、顧客視点を持つことが大事だ」

 ここで森田さんは、私の顔を見て笑みを浮かべた。

「でもな、顧客は見るが、顧客に直接尋ねる必要はないんだよ」

 私は聞き間違えたかと思い、聞き返した。

「尋ねないということは、顧客の声を聞かないということですか」

「そう、聞かない」

「顧客第一主義なのに、顧客の言うことを聞くのではなくて、聞かないって。それって、どういうことですか」

「顧客は意外に彼らが抱えている課題の本質が分かっていなかったり、課題そのものに気づいていなかったりするということさ。例えば、顧客の工場から工作機械の注文が来たとする。当然、生産能力の高い工作機械を提案する。生産の最適化を目指すわけだ。しかし、実際は、別の部署である品質検査の能力が足りなくて、生産量が増えても対応できなかったらどうなる。生産性を上げるなら、品質検査の装置も能力を増強する必要がある。でもそれは生産部門に聞いても分からない。品質管理の情報を併せて知っておかないといけない。そして、生産だけでなく品質管理まで含めた工場の最適化を、そのトップに対して提案すべきなんだ。この場合で言えば工場長だな」

 コーヒーを飲みながら、検査しなければならない商品が工場の片隅にどんどん山積みされていく様子を思い描いた。

「これは分かりやすく、単純な例だ。もちろん実際はそれほど単純ではない。問題が工場で閉じているとは限らない。もしかしたら、下請けや販売店など社外まで含めないと課題が浮き彫りにならないかもしれない」

 森田さんの言うことは分かるが、顧客でさえ気がついていない問題点なんて分かるものだろうか。

 ここで森田さんはお姉さんにウインクした。