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「ところで、コーヒーの横にチョコが置いてあるのに気がついたかい」

 見ると、コーヒーカップの横の小さな皿にチョコがあった。

「君の思案顔を見て、彼女が置いてくれたんだ。脳に栄養を与えたほうがいいと思ったのだろう。言われる前に出すところがポイントだよ」

お姉さんを見ると、もう一度、笑顔で会釈してくれた。

「リクエストに応えるだけでは駄目ってことですね」

そう言いながら、チョコを一つ口に入れると、ほどよい甘さが脳にまで届いた気がした。

「ちなみに私には、パクチーのポテトチップだったよ。パクチーは老化防止に効くからだとさ。さすがに気を利かせ過ぎだろうって言ってたんだ」

 それで私が来たときに笑っていたのか。

 そう言って再び笑う森田さんの白い歯が光っていた。

「ところで、君のやっている建設業ならどうだ。例えばトンネルを作るとき、トンネルのすべての工法を熟知している顧客ばかりではないだろう。ましてそのトンネルを使う市民のことがどれだけ分かっているのか。市民の生活、人口の動向まで見たら、ひょっとすると必要なものはトンネルだけではなくて、その先で景色が楽しめる高台の公園かもしれない」

 自治体の言うことだけ聞いて橋や道路を建設していても、本当の意味で価値のあるものになっていないということか。でも自治体は、市民のことを考えて道路や橋の建設を考えているはずだ。

「自治体は交通量とかを調べて、渋滞緩和など課題を把握していると思うんですが、どうでしょう」

「でも、人口が減少している自治体ばかりじゃないか。駅から1本通りを入るとシャッター街があって、工場だって誘致できないし。課題は山積みだと思うぞ。実際のところ市民の悩みをつかみきれていないのではないかな。市民も、自治体が何をしてくれるのか、何を期待すればいいのか、分かっていないんだよ」

「市民が分かっていなかったら、自治体には分かりませんね」

「そこがビジネスのチャンスだよ。市民も自治体も分かっていないんだから、それを見つけられれば、事業につながるだろう。コマツで中心になってコムトラックスを推進した方がこんなことを言っている。『顧客を深く理解し、顧客でさえ気がついていない価値を創造しろ』と」