ツアーの2日目は、コンベンションセンターで開催されているエネルギー関連の展示会を回った。

 これまでに建設業界の展示会には行ったことがあるが、エネルギーの展示会は初めてだ。ブースを回っても、どこも名前すら聞いたことがない会社ばかりだ。鉄塔や送電線、変圧器のような大掛かりなものの展示も一部にはあるが、ほとんどはITベンダーと思われる会社がシステムの説明パネルを展示している。

 あとはベンチャー企業などが小さなブースで、それぞれのサービスや商品を展示していた。建材や建機などが展示される建設業界の展示会とはかなり雰囲気が異なり、情報システムの展示会のように見える。

 各ブースで説明をしてもらえるが、アメリカの電力業界のことをよく知らないので、なにがポイントなのかが分からない。電力というと発電所から送電線で消費者に届けるイメージしかなかったが、どうやら違うようだ。こんなにシステムベンダーがいるのには訳があるのだろう。スマートメーターで遠隔から電力使用量を読み取る話は聞いたことがあるが、それだけでこんなにシステムベンダーが参入するとは思えない。

 そんなことを考えながら歩いていると、森田さんが歩いているのが見えた。

 後ろから見ても日焼けした肌と背筋の伸びた姿勢で森田さんだと分かる。声をかけると、振り向いて「よっ」と大きな声を上げて、敬礼するしぐさをしてきた。

「システムベンダーが多いですが、本当にエネルギーの展示会なのかと思ってしまいます」

「アメリカは電力を自由化し、さらにスマートメーターを普及させたことで、ITを使ったサービスがどんどん出てきているからな」

 そう言って、森田さんは電力業界のことを詳しく教えてくれた。

 第1段階は、電力の小売りを自由化し、電力網のすべてを監視するスマートグリッドを導入した。そのおかげで、電力監視のためのスマートメーターなどが普及し、太陽光発電などの再生可能エネルギー、そして余った電力をためる蓄電池の技術が発達した。それに伴い、太陽光発電の安定しない電力を平準化するサービスや家庭内発電などの多様化する電力からできるだけ安く調達するサービスが生まれている。

 第2段階に入った現在は、その普及した再生可能エネルギーや蓄電池を地域で統合して制御する技術が発展してきた。米国では、電力を消費する住宅などに太陽光パネルや蓄電池などDER(分散エネルギー資源)を設置する例が増えているため、それらを束ねる新しいビジネスが生まれているのだ。

 住宅の太陽光発電の電力を蓄電池にためたり、EV(電気自動車)に充電したりといった、省エネの新しいライフスタイルを提案しているベンチャー企業が現れ、最近はエネルギー管理をホームセキュリティや見守りサービスと連動させる企業まで現れた。

 アメリカは、遠隔から電力測定するスマートメーターを普及させて、そこから集まるデータやそのネットワークを利用した新しいサービスを生み出そうとしている。そうした環境を整備することで、ベンチャー企業の参入を促進しているのだ。それはあたかもパソコンやインターネットを普及させて、その上で様々な企業に競争させて経済を活性化したモデルを再現しているようだ。

 電力の世界でもどんどん新しいサービスが出現する環境を整えて、世界のスタンダードを取る戦略なのだろう。消費者に受け入れられずに失敗する商品やサービスもあるが、成功した企業は巨額の富を得る。

 競争の中でいいものが残る。「これがアメリカの強さだ」森田さんは展示会場を見回しながら言った。

 日本も2016年4月に一般家庭向けに電力小売りが全面自由化された。アメリカのように新しい企業が生まれるのはこれからだ。そして、2017年にはガスの小売りも自由化された。

 しかし森田さんは、新しい企業はアメリカのようには生まれないだろうと言う。

「法律が根本から違うんだ」

 森田さんは私の顔を見た。

「日本の法律はやっていいことが書いてある。だから書いてないことには手を出さない。新しいアイデアのビジネスも始められないと考える。一方、アメリカの法律はしてはいけないことが書いてある。だから書いてなければやっていいと判断して、どんどん新しいサービスに挑戦できる。新しいことを始めやすい構造だ。新しいことを始めて、何か問題が起きたら、その時になって対処方法を考えればいい」

 日本とアメリカの考え方の違いが端的に表れている。

「伊塚くん」

 森田さんが夢中でスマホを見ている男に声をかけた。

 伊塚という男はゆっくりと顔を上げると「ああ、森田さん」と答えた。

「またスマホで漫画を読んでいるのか」

 森田さんはあきれた様子で言った後、私と伊塚さんをお互いに紹介してくれた。

 伊塚さんは、日本の大手ITベンダーの系列会社に勤めるプログラマーだ。年齢は私より少し上といったところか。

 そこで森田さんは、別のアポイントがあると言って、展示会場を出て行った。伊塚さんとツアーに参加した理由やこれまでのセミナーなどの感想をとりとめもなく話したが、立ち話も疲れたので、休憩スペースへ行くことにした。森田さんのおかげで電力業界について理解できたし、もうブースを回るのも飽きたのでちょうどよかった。

 会場のドリンクコーナーには、本格的なドリップコーヒーを飲ませてくれるカフェが入っている。飲み物を受け取ると、近くの空いている席に座った。

 伊塚さんに、森田さんから聞いた電力の自由化や新しいサービスについての話をした。伊塚さんの会社も電力自由化で電力会社からの受注が増えているらしい。しかし、市場は日本に限られているとのことだった。アメリカの市場はもっと大きく膨らんでいるのは分かっているが参入できないでいる。そこが日本のITベンダーの限界らしい。

 技術が劣っているわけではないが、技術だけで市場に参入できるものではない。その点はエンジニアの伊塚さんだからこそ、よく分かっているのだろう。


日経BP総研 クリーンテック研究所
日経BP総研は、日経BPが持つ総合研究所。クリーンテック研究所は、その一部門。環境・エネルギー、交通、IoT(Internet of Things)、スマートシティなどを含め、広範囲に及ぶ社会的課題解決をテーマとする。企業・産業の意思決定や国の政策決定への貢献を目指す。2010年設立。

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出典:「社長、ウチにもCTOが必要です」(日経BP) 第4章「理系と文系に分けない」を改題
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