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 森田さんは朝早くから元気だった。

「シリコンバレーに来ても、毎朝歩いてるんですか」

「そうだよ。日本だろうとシリコンバレーだろうと、朝の散歩は気持ちいいからな。それより専務はなんか言ってたかい」

「新規事業を始める条件を考えておけと言われました」

 森田さんは歩きながら、手を上に伸ばしたり、肩を回したりしている。私は続けて朝思ったことを口にした。

「新規事業を始める条件なんて、経営トップがやれと言うかどうかだけじゃないんですかね」

 森田さんは日の出前の薄暗がりで大笑いした。寝ている人を起こしてしまうのではとヒヤッとした。

「日本のサラリーマンだな。上からの指示を待って言われたことをする」

 10年以上サラリーマンだったわけだから、最終的な判断は上に任せることが身に染み付いているのかもしれない。森田さんには、それがよく分かっているようだ。

「君の専務は、その経営者が判断する条件を聞いているんじゃないか」

 森田さんは私の肩をたたいてから続けた。

「富士フイルムの場合は、『やれそう』『やるべき』『やりたい』の3つを確認している」

「やれそう、やるべき、やりたい、ですか」

 森田さんはうなずいた。

「まず、『やれそう』だが、これは皆、考えている。ブランド力、技術力、販売力など会社の経営資源を見て、これならやれそうだと。当たり前だが、やれそうもないことをやるわけがない。むしろこれだけで事業を始めてしまっていることが多すぎる。やれそうだ、やってみようと。判断の基準がこれだけでは少なすぎる。本当にそれで勝てますかと聞きたくなる」