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 近づくと、揺れているのはうたた寝をしているからだと分かった。

 森田さんをゆり起こして部屋の外に出た。

「いや、よく寝た」

 部屋を出ると森田さんは伸びをしながら、あくび交じりに言った。

「一番前で寝たら、講演者に失礼じゃないですか」

「はは、つまらない話をするほうが悪いんだよ。それより何か用なんじゃないのか」

「そうでした。実は、富士フイルムはどうやって化粧品や医薬品などの新しい事業にたどり着いたのか、気になったら頭から離れなくて」

「君もセミナーなんて聞いてなかったんだろう。私と一緒じゃないか。人のこと言えないな」

「寝ないだけ、まだましです。それより富士フイルムのことを教えてください。化粧品と写真フィルムはまったく関係ないように思うのですが」

 さすが森田さんは、富士フイルムが新規事業を見つけた経緯をよく知っていた。

「フィルムと医療は、まったく分野は異なるが、使っている技術は共通点が多いんだよ」

 森田さんは平然と言った。

「えっ。どんなところがですか」

「フィルムの厚さは約20ミクロン、そのわずかな厚さの中に20もの層を積み上げてフィルムはできている。そんな薄い膜を作るということは、ミクロンレベルで物質を制御する技術を持っているってことだ。そして人の細胞の大きさも約20ミクロン」

 森田さんはそう言って、親指と人差し指で小さいことを示して見せた。