「新しい事業を始める場合、この逆T字型が望ましい」
そう言って森田さんは空中に指で逆T字を描いた。
「逆T字型ですか。T字型はよく聞きますが、その逆ですね」
「そうだ。人の知識はよくT字型が望ましいと言われる。広い知識を持っていて、1つの専門分野を持てという意味でT字型を目指せと。しかし事業を生み出すには逆T字型が望ましいんだ。まずは1つのことを掘り下げる。そのことを極めてから、他の分野に展開する。1つのことを極めているから、他の分野でも勝負できるというわけだ」
そして、森田さんは、富士フイルムで化粧品や医薬品事業を立ち上げた役員の言葉を紹介してくれた。
「事業には寿命があるが、技術には寿命はない」
写真フィルムの事業で培った技術は、たとえフィルム事業がなくなっても色あせることなく他の分野で通用するということだ。
「実は写真フィルムの技術を使って、富士フイルムが圧倒的なシェアを持っているものは他にもある」
「何ですか」
「液晶ディスプレイに使われるTACフィルムだ。偏光板の保護に使われる。写真用フィルムの基材として使われていたが、不燃性で透明度が高いことから液晶ディスプレイの偏光板の保護膜として使われるようになったんだ」
「富士フイルム以外でも、他の用途に向けて開発されたものが、まったく別の分野に応用された例はある。例えば不織布や紙おむつに使われる吸水性の高い紙だ。3Mは不織布を開発したものの用途が見つからず、事業を終わりにする直前まで行ったんだ。しかしそこでクリスマスプレゼントのリボン用で需要に火がついて、急速に普及したんだ」