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「パイナップルとアボカドのドリアを日本風にゴマと海苔で味付けしました」

 森田さんが、パイナップルを除いて、醤油風味にしたらどうかとシェフに提案すると、シェフは大きくうなずき、「次はそうしてみる」と答えて厨房に戻っていった。

 森田さんが「これもアジャイル開発の一種かな」と言って、ワインを大きく口に含んで飲みこんだ。それから、先ほどの続きを話した。

「先進的な顧客と新しい価値を創り出したら、後は他の顧客に横展開すればいい」

 森田さんは、もう一度ワインを一口飲むと、何かを思い出したように、口を開いた。

「それから、技術者が顧客に会う機会を作ることも重要だ。それは二つの意味を持つ」

 技術者が顧客に会うことの何が重要なんだろうか。森田さんの説明を待った。

「一つは、顧客が何を欲しがっているかを感じとれることだ。そうすれば、何を研究すればいいか分かるだろう。そしてもう一つ。顧客に寄り添うことで、研究者のやる気を起こさせることになるんだ」

 伊塚さんが納得したように言う。

「上司に言われても、あまりやりたいと思わないけど、顧客が困っている姿とか見ると、なんとかして解決してあげたくなりますからね」

 そこで森田さんは3Mの例を挙げた。

「1925年だったかな。自動車修理工場を訪ねた3Mの社員が、なかなか腕の上がらない塗装工に同情して、あてもないのに、もっと良いマスキングテープを開発してあげると約束してしまったって話がある。もちろん開発には苦労しただろうさ。でも苦労の末に、とうとう新しいマスキングテープの開発に成功したんだ。ニーズではなくウオンツ(wants)を知ると、研究者のやる気は何倍にも膨れるものなんだ。顧客に会うことは、そのきっかけになる」

 ニーズではなくウオンツか。

 分かる気はする。ただ、それは先進的な企業の場合ではないのか。建設業の中でもうちの会社は先進的な取り組みがまったくできていない。とてもではないが大手ゼネコンにかなわない。

 私の心の中を見透かしたのか、森田さんが言った。

「必ずしも大掛かりである必要はない。誰も真似できない技術が不可欠というわけでもない。今の社会には課題が山積みだろう。必ずしも大きいものばかりではない。前にも言ったが呼んだらすぐに車が迎えに来てくれるサービスを生み出したウーバーや、民泊を斡旋するエアビーアンドビーがいい例だ。小さな企業でもアイデア一つでみんなの困り事を解決できる」

 半分不安を感じながらも、頭の中を整理した。

失敗を重ねて早めに失敗の芽を摘む
価値の分かる顧客を見つける
自社が先を進めばおのずと先進的な顧客と連携することになる
研究者に顧客の現場を見せる

 建設会社にとって早めに顧客に見せられるものというのは何だろうか。考えがまとまらない中、フォークにくるくるとスパゲッティを絡めた。フォークに絡まったスパゲッティを見て、これで30キロカロリーくらいかな、と考えた。


日経BP総研 クリーンテック研究所
日経BP総研は、日経BPが持つ総合研究所。クリーンテック研究所は、その一部門。環境・エネルギー、交通、IoT(Internet of Things)、スマートシティなどを含め、広範囲に及ぶ社会的課題解決をテーマとする。企業・産業の意思決定や国の政策決定への貢献を目指す。2010年設立。

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戦略コンサルティングを通じて、日本企業とともに社会のあり方を変えるビジネスプロデュースを実践。戦略コンサルティングスキルという、ビジネスにおける最も普遍的で有益な根源的スキルをベースとして、そのスキルを顧客企業へのサービスだけでなく、自社の投資・インキュベーション・事業経営にまで展開することで社会のあり方を変え、日本経済を元気にするビジネスプロデュースに取り組む。