位相はいわば「成り行き任せ」の制御であり、電流の遅れなどの影響を受けかねない。そこで、位相までを、つまり磁束の方向と大きさの両方を的確に制御しようというのがベクトル制御である。
位相も対象にするベクトル制御
ベクトル制御では、磁束を縦軸と横軸に分割して扱う。一般的には、q軸(横軸)とd軸(縦軸)の2軸に分割して制御する(図1)。モーター巻き線電流による磁束を所望する値に維持し、必要なトルクを発生させるために、インバーター出力電流の大きさ、周波数、位相を制御する。
その効果を端的に示すのが、いわゆる「弱め界磁」、「強め界磁」制御である。例えば図1に示したように、d軸電流Idで作られる磁束が永久磁石の磁束と逆向き(同図の場合は下向き)になるように制御すると、永久磁石の磁束が弱められる。高速回転時には起電力の影響が大きくなり、モーターの駆動電流が流れなくなり、回転数が上がらない現象が起きる。これに対して、弱め界磁制御を行うことによってトルクは減少するが起電力が小さくなるため、同じ電圧でも回転速度を高めることができる。
一方、図1に示されるd軸電流の方向を逆にすることで、上向きの磁束を作ることができる。この場合は、永久磁石による磁束とd軸電流による磁束が加算されるため、見かけ上、永久磁石の磁束を強められ、トルク増大に寄与する。これを強め磁界制御と呼ぶが、一般的には、磁気飽和が起きるために実行してはならない制御である。
このようにベクトル制御では、d軸とq軸とに分割し、それぞれの電流(d軸電流idおよびq軸電流iq)を制御することにより、より目的に合った的確な磁束を作ることができる。d軸電流idおよびq軸電流iqは、iu、iv、iwの三相の電流とローター位置から計算で求めることができる*1。
永久磁石同期モーターは、図2のd-q軸モデルに示されるように、d軸電流idを変化させるとq軸電流iqが変化し、q軸電流iqが変化すると、d軸電流idが変化するという干渉が起きる。この干渉は、起電力によって起きているため、回転速度情報をセンサーで検出して、制御することで干渉を排除することができる。これを非干渉制御という。これは、iqとidが干渉し、モーター駆動時に起きる不安定化要因を回避するため、多くのベクトル制御では、非干渉回路が組み込まれている。
具体的には、計測可能なモーター巻き線電流をフィードバックして制御器を介し、id*とidとの差が0になるように電圧vdを制御する(図2)。電圧vqも同様である。このように、非干渉制御器を入れることで電流制御の応答性が高まり、永久磁石同期モーターのベクトル制御が可能になる。
この非干渉制御を適用した場合の永久磁石同期モーターのブロック図を、図3に示した。上編の第6回で解説した直流モーター(ブラシ付きDCモーター)の伝達関数と基本的に同じだが、起電力定数KEを通って戻っていた起電圧の部分がなくなり、idとiqを個別に制御する形となる。
このように永久磁石同期モーターをベクトル制御すると、d軸電流idを0とすれば普通のブラシ付きDCモーターと同じように扱うことができる。起電圧がキャンセルされているため、q軸電流iqを制御しやすい。