私がお話するトピックは、米国のデジタルヘルス事情です。米国のヘルスケア業界全体の最近の変化を、ハイレベルで見ていきたいと思っています。

今日、サッカーのワールドカップ(W杯)がちょうど開幕しました。私はW杯には強い思い入れがありまして、というのもW杯が人生の大きな転機を与えてくれたからです。

その転機というのは、米国で開催された1994年のW杯です。これを現地でテレビで観戦して、世界中の人々が1カ所に集まり興奮と感動を共有している姿を見て、このスポーツを絶対にやりたいと思い高校2年生の時にサッカーを始めました。この時、私は米国にいたのですけれども、サッカーを始めるタイミングとしては遅かった。でも、この決断がきっかけで私個人としてはいろいろ世界が広がりました。

米国のサッカー業界にとっても、1994年のW杯はものすごく大きな転機でした。このW杯開催をきっかけに、1995年にメジャーリーグサッカーというプロサッカーリーグが始まったのです。

米国の市場はものすごく大きくて、魅力的です。今はロゴも洗練されましたけれども、この巨大な市場を目的に、実に多くのスタープレーヤー達が今、米国でプレーしています。米国は“サッカー不毛の地”などと長年言われていたのですが、平均観客動員数を見ると、今では4大メジャースポーツと言われるところに食い込んでいます。それくらいサッカーが盛り上がっていて、それほど1994年のW杯は米国にとって重要でした。

W杯は日本にとってもすごく重要なサッカーイベントで、今では当然のごとく日本代表はW杯に出ていますが、1994年のW杯は日本がW杯に出場できなかった最後の大会です。“ドーハの悲劇”と呼ばれるもので、この時まで15大会連続で日本はW杯に進出していませんでした。

その後、1998年頃かに日本のサッカー業界を取り巻く常識が大きく変わりました。日本サッカー協会のウェブサイトを見ても、1994年以前のW杯予選に関する記載はありませんでした。それは忘れ去りたい過去だからなのか、今の現状とかけ離れているからなのか分からないですが、とにかくそれくらい世の中の常識は一気に変化するという例だと思います。

考えられない状況が今まさに起きている

さて、日本や米国のサッカー業界以上に大きく変化しているのが、米国のヘルスケア業界です。この変化を表現するのはすごく難しいのですが、一つの例になるのが時価総額です。

まず、従来の医療という観点で時価総額の世界トップ10企業を見てみると、一番上がジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)で2位に圧倒的な差を付けています。その次がユナイテッドヘルスケアで、これは医療保険の会社です。その後にロッシュやファイザーなどの有名どころが続きます。

このランキングは、IT企業が相次ぎヘルスケアに参入してきている昨今の状況を踏まえると、大きく様変わりします。今まで圧倒的1位だったジョンソン・エンド・ジョンソンが、時価総額では9位になる。私も含めて、医療に関わっていた人達にとっては、本当に考えられないような状況が起きています。

これをサッカーに例えると、圧倒的強さを誇っていたブラジルとドイツが、いつの間にかウェールズとチリに代わっているようなものです。ウェールズとチリは、今回のW杯に参加できていないチームですから、これくらい考えられない状況が米国や世界のヘルスケア業界では今、起きているということです。

サッカーの話ばかりして誰なんだと思われているかもしれませんが、簡単に自己紹介させてください。私は、米国を拠点に仕事をしています。三井物産グローバル投資株式会社というベンチャーキャピタルで13年間、デジタルヘルスや医療機器を含むヘルスケア領域のベンチャー企業に投資をしてきました。

デジタルヘルスに関しては、2010年ころから投資対象にしていました。まさにデジタルヘルス産業が立ち上がる最初のタイミングから、投資家という形ですがプレーヤーとしていろいろ経験ができたというバックグラウンドを持っています。

2017年に会社を辞めてKicker Venturesという会社を立ち上げまして、クロスボーダー、オープンイノベーション、デジタルヘルスをキーワードに、いろいろ活動しています。活動内容は大きく3つで、一つはイノベーションやデジタルヘルス戦略のアドバイザリーなどを、事業会社やスタートアップに対して行っています。もう一つは、テクノロジー×ヘルスケア領域のベンチャーに投資するVC(ベンチャーキャピタル)のファンド創成に取り組んでいます。そして、日本をベースにデジタルヘルスに特化したオープンイノベーションやコラボレーション、パイロットプロジェクトを実施するためのプラットフォーム及びエコシステム立ち上げの準備をしています。

米国デジタルヘルス投資は日本とは桁違い

ようやく本題に入ります。新しい産業の立ち上がりを見るときに、ベンチャーコミュニティーの動向を把握することは非常に有用だと思っています。

まず、米国のデジタルヘルスベンチャー業界の投資環境ですが、これは着実に拡大しています。2011年には米国のデジタルヘルスベンチャー企業に11億米ドルが投下されたのですが、2017年はその5倍以上に当たる58億米ドルが投下されました。2018年もそれを上回る勢いです。

参考までに、2017年に日本国内のすべての業界のベンチャー企業に投下された金額は、2700億円という数字があります。米国はデジタルヘルス産業だけに限ってもこの2倍以上の金額を投じているということで、スケールの大きさが分かると思います。

投資家の数も右肩上がりで増えています。2016年から少し潮目が変わり、リピート投資家の数が新規投資家を上回っています。2018年にはこの差がダブルスコアくらいになっています。

この業界が成熟し始めていることを表しているとポジティブに見ていますが、金融投資家とコーポレート投資家の両方が増えています。金融投資家はいわゆるVCで、彼らの期待水準を満たす投資リターンを上げている案件が増えたということです。

コーポレート投資家は戦略的リターンを求めて投資するケースが多いのですが、その戦略的リターンに満足しているという状況があると思います。このコーポレート投資家は今、ものすごい数で増えていて、この産業が立ち上がり始めた当初にコーポレート投資家が関わっている案件は14件でしたが、2017年になると、144件と10倍以上になっています。割合で考えても、2011年には11%だったのが、2017年には26%。彼らが占める役割が非常に重要になっているのです。

内訳を見ると、病院や製薬、保険、医療機器など、幅広いサブカテゴリーの人達が、ベンチャー投資を通じてデジタルソリューションにアクセスしている。どうにかして連携を取ろうと試みていることがよく分かると思います。

投資環境を見る上でもう一つ目安と考えているのは、メガディールと呼ばれる、1回で1億米ドル以上の資金調達をするような会社がどれくらい出てきているかです。なぜこれが重要かというと、このステージの会社にこの規模の金額を投下できる投資家は、主にベンチャーキャピタルではなく、レイトステージ(late stage)の投資家になるからです。

彼らは投資倍率は2倍や3倍程度とVCと比較して低めですが、代わりに高い成功確率を求めます。このようなプロフェッショナルな投資家が見ても、デジタルヘルスベンチャーが高い確率で成長していくだろうと考えているということですので、これらレイトステージのベンチャー企業が数年以内にExitに到達する期待が持てます。

急速に動き始めたFDA

次は、法規制関連です。最も話題となったのは、2017年に発表されたデジタルヘルスイノベーションアクションプランです。2017年5月にFDA(米国食品医薬品局)のコミッショナーが変わり、もともとNEAという著名ベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを経験したこともある人物が就任し、デジタルヘルス業界にとってはフレンドリーなものになるだろうと言われていました。実際、就任して3カ月もたたないうちでの発表となり、高いスピード感を持って動いています。FDAが示したこのアクションプランでは、サーティフィケーションやデシジョンサポートに関するガイダンスが立て続けに発表されました。

このことがデジタルヘルス業界にとって有益だったのは、この明確な方針が示されたことで、無駄がなくなったことです。この5年間くらい、ベンチャー企業も大企業もずっとFDA戦略をどうするかという議論をしてきたのですが、それが必要なくなった。現場レベルの混乱もだいぶなくなったと言えます。

このアクションプランで示されたものの一つが、「プリサーティフィケーション」、略して「プリサート」と呼ばれるものです。これは、ソフトウエア系のソリューションに対して、従来のFDAの承認プロセスは適していないということで、ソフトウエアのアップデートの頻度などに対応できるような承認プロセスを試してみようというものです。

パイロットプログラムなのですが、参加企業の顔ぶれを見ると、医療向けソフトウエアを手掛けているようなテック系の会社やスタートアップが、この業界のリーダーになっていく可能性があると言えます。ライフサイエンス系の会社も入っていますが、IT企業は完全にヘルスケアをコアの事業にしていこうという本気度が見られると思います。

このFDA承認では、2017年後半に2社が許認可を獲得しました。ニュースでも大きく取り上げられましたが、デジタルメディスン、ビヨンドピル(Beyond the Pill)カテゴリーを象徴する2社が相次いで許認可を獲得したことで、FDAのこの領域におけるコミットメントが感じられます。

この2社は、大手製薬会社と結構大きいディールをいくつかやっています。そういう意味でも、プリサートのリストに載っていなかった製薬会社も、こうしたベンチャー企業との取り組みを通じて、デジタルソリューションを取り入れていこうとしていると言えます。