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日経FinTech2020年5月号の転載記事となります。

中国の「デジタル人民元」が実現への歩みを着々と進めている。既に実証実験を開始しており、技術的なハードルもクリアしつつある。実証実験の結果次第では、実用化が一気に近づきそうだ。中国国内での応用が優先されるとしつつも、「Libra」などの影響により国際展開を加速させる可能性もある。

 新型コロナウイルスは、人々の生活に様々な変化をもたらした。感染防止の観点から、平時には問題にならないことが注目を集めるケースもある。

 一例が現金だ。新型コロナウイルスは金属や紙、プラスチック上で数時間から数日間にわたって残存することが実験で明らかになっている。そのため、紙幣や硬貨を通した感染リスクを懸念する声も多い。

 2020年2月には、中国の中央銀行にあたる中国人民銀行が、感染リスクの高い地域で使われたすべての紙幣を回収し、破棄あるいは消毒処理をして再利用に回すとの報道もあった。ソーシャルディスタンスを確保するために、キャッシュレスによる精算を推奨する店も増えている。中国において、現金を使わなくなる傾向はますます強くなりそうだ。

「人民元3.0」の幕開け

 1948年に初めて発行してから今に至るまで、人民元は三つの発展段階に分けられる。人民元を紙幣の形で発行・利用することは「人民元1.0」と呼ばれる。さらに昨今、消費者の間で広く普及している「Alipay」や「WeChat Pay」といったモバイル決済やクレジットカード決済など、人民元をデジタルで記録し、電子的な決済を実現することは「人民元2.0」と位置付けられる。

 さらに中国人民銀行は、人民元の在り方を1歩先に進めようとしている。人民元そのもののデジタル化だ。法定デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)の発行を視野に、既に研究開発を開始している。2020年には小規模な実証実験に着手しており、まさに「人民元3.0」の幕開けの年となった。

 日本銀行の定義によると、一般に中央銀行が発行するデジタル通貨は、次に挙げる三つの条件を満たすものとしている。デジタル化されていること、当該国の法定通貨建てであること、中央銀行の債務として発行されること、である。中国が計画する法定デジタル通貨は、上記の条件をすべて満たす。一般的な暗号資産と異なり、国家の信用をバックに無限の法的償還義務を負うものだ。

 実は中国のデジタル人民元には、「DC/EP(Digital Currency/Electronic Payment)」というもう一つの名称がある。EP(Electronic Payment)、つまり電子決済という機能も担う方針で、主に流通している通貨を代替する役割を想定しているわけだ。

 現金を完全に廃止するわけではない。しかし大半をデジタル人民元で代替することによって、通貨発行の効率化やコスト削減を図るほか、犯罪やマネーロンダリング、脱税などの防止を図る狙いである。

デジタル人民元誕生の経緯

 デジタル人民元を巡る動きは、2014年に遡る。同年、中国人民銀行が研究チームを発足。約1年後の2015年ごろには、「既存の金融システムに大きな影響を与えないモデルを採用する」という基本方針がほぼ固まっていた。2016年には、中国人民銀行デジタル貨幣研究所が設立された。ブロックチェーン技術を活用し、例えば手形や送金、貿易金融といった業務をターゲットに研究を始めた。2017年2月、同研究所は「デジタル手形プラットフォーム」を、2019年5月には「貿易融資プラットフォーム」もリリースした。研究開始から既に4年以上が経過していたが、取り組みの中心は金融システムの中に閉じたものだった。

 しかし潮目は変わった。2019年8月には「実現が目の前」、同11月には「基本設計、機能開発などは終えている」、同12月には「近いうちに深セン、蘇州などの地域でテスト運用をする」と矢継ぎ早に発表し、デジタル人民元の実現に向けて大きく前進していると世界に印象づけた。中国人民銀行の動きが加速した背景として、2019年6月に米Facebookが主導する形で「Libra構想」が発表されたことが大きな刺激になったのは否定できない。

 2020年4月14日には、デジタル人民元の内部テストに関する画面がネット上に流出。実現は目の前と言える状況になっている。