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日経FinTech2020年7月号の転載記事となります。

40年ぶりとなる新銀行の参入に、イスラエルの銀行業界が熱視線を送っている。新銀行をけん引するのは、イスラエルを代表する連続起業家や金融業界の重鎮。二大銀行グループが寡占するデジタルバンクの領域に新風をもたらす機運が高まっている。

 イスラエルに新しい銀行が誕生した。銀行業への新規参入は40年ぶりというだけに、国内の話題をさらっている。仕掛け人はAmnon Shashua氏。自動車衝突防止システムを開発するMobileyeの創業者兼CEO(最高経営責任者)で、2017年に同社を米Intelに約1兆6800億円で売却した著名な連続起業家だ。

 イスラエルのデジタルバンクは早くも寡占の様相を呈している。数年前に二大銀行が他行に先んじて、既存事業とは異なるブランドでモバイル特化の銀行サービスを投入。ユーザー数を伸ばしてきた。こうした状況に対して、適正な競争をもたらしたいという当局の思惑もあり、Amnon氏とイスラエル発の世界的なサイバーセキュリティー企業Check Point Software Technologiesの共同創業者であるMarius Nacht氏が共同出資して設立した企業に、銀行業の免許交付が認められたわけだ。2019年9月のことである。

トップレベルのエコシステム

 イスラエルは1990年代初頭から、国を挙げてスタートアップ支援の政策を推し進めてきた。今や世界トップレベルのエコシステムを構築することに成功している。

 前出のCheck Point、コーディング不要のWebサイト開発プラットフォームを手掛けるWixのように米国で上場し、今日では時価総額1兆5000億円を超えるグローバル企業を含め、イスラエル発の米ナスダック上場企業は97社に及ぶ。米国、カナダ、中国に次いで世界第4位だ。

 国民1人当たりのスタートアップ投資額は世界一で、スタートアップ企業への年間投資総額は2019年時点で約9100億円。毎年平均600社以上のスタートアップ企業が生まれ、独自技術を武器に急成長する企業が続々と出現する。

 過去10年ではカーナビアプリのWazeを米Googleが、センサー技術開発のPrimeSenseを米Appleが買収するなど、グローバル企業による盛んなM&A(合併・買収)も資金と人材の流動性を後押しし、有望なスタートアップ企業を生み出す好循環の一助になっている。

 FinTechは有力な領域の一つ。決済プラットフォームのPayoneer、ソーシャルトレーディングのeToro、レンディングのFundboxなど多数のユニコーン企業を輩出してきた。2020年7月3日にはInsurTechのLemonadeがナスダックに上場し、一時公開価格の2.4倍となる38億ドルの時価総額をつけるなど、投資家の期待を集めている。

大手5行のシェアが95%

 幅広い業界で革新的な技術を生むイスラエルだが、国内の銀行市場の競争環境は緩やかだ。大手2行であるBank LeumiとBank Hapoalimがそれぞれ3割弱の市場シェアを占め、Mizrahi Tefahot Bank、Israel Discount Bank、First International Bank of Israelが続く。大手5行の市場シェアは合計95%に上る。

イスラエル大手5行の市場シェアとデジタル化の動き
イスラエル大手5行の市場シェアとデジタル化の動き
(出所:「Bank of Israel “Israel ‘s Banking System - Annual Survey, 2018」と各社公開情報を基にAniwo作成)
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 デジタル化に積極的なのは大手2行だ。Bank Leumiはアジャイルにデジタルバンクを実現するため、2016年に傘下に独立した形でPepperを設立。モバイルに最適化したUX(ユーザー体験)のアプリ開発を進め、2017年6月にデジタルバンクアプリをローンチした。Pepperでは、エンジニアやデザイナーをゼロから新規採用する徹底ぶりである。モバイルアプリ「Pepper」は、リアルな銀行窓口や紙の書類を一切介さずに口座開設と管理、送受金を無料で実現する。決済アプリの「Pepper Pay」も手数料無料でポイント還元や割引などのインセンティブが付与された支払い手段を提供。両アプリは累計ダウンロード数50万件以上と、イスラエル国内で急速に普及している。加えて少額から手軽に米国株式に投資できる「Pepper Invest」も手掛けている。

 Bank Hapoalimでは、「POINT(Poalim Innovation Team)」という新規プロダクト開発に特化した部署がデジタルバンク戦略をけん引している。2016年、Pepperに先駆けて決済アプリ「Bit」をローンチ。他行の口座と連携可能という強みもあり、累計ダウンロード数は100万件を超え、ユーザー数では国内最大級の決済アプリの地位を獲得している。Pepperと同様に銀行口座開設と管理、株式投資ができるアプリをラインアップするなど、Bank Leumiへの対抗姿勢を鮮明にしている。

 その他の大手3行は、基本的なネットバンキングサービスに加えて、モバイルアプリ対応を進めることでユーザーの利便性向上を目指している。しかし、豊富なリソースを割いてデジタルバンクサービスの拡充を進める大手2行に十分対抗できているとは言い難かった。

 そんな中、4番手のIsrael Discount Bankは2018年、割り勘アプリ「PayBox」の買収に踏み切った。2014年ローンチのPayBoxは、スケーラビリティーやセキュリティー面の課題で伸び悩んでいたが、Israel Discount Bankによる買収後、銀行の規制水準を満たすセキュリティー強化と同行が抱える150万以上の個人顧客基盤を活用したマーケティングが功を奏し、現在は累計100万件以上のダウンロードを獲得。決済アプリとして一定の地位を築いた。トップ銀行と異なり経営資源が限られる中で、外部スタートアップ企業とのオープンイノベーションの成功事例と言えるだろう。