PR

 仮説検証を何度繰り返しても、要求仕様が満たせない。試作品の性能を向上させる突破口が見つからない。それこそ、電子1粒ごとの動きを見ながら材料をデザインできたらどんなにいいだろう――。

 そんな暗中模索の技術者を救う究極の計測技術がある。物質の構造や働きを、原子レベルで観察できる「放射光」である。放射光とは、円形加速器で電子を加速させたときに生じる光。高輝度かつ指向性の高さが特徴で、電子顕微鏡などでは観測できないナノスケールの微細構造の観測に強みを持つ。開発対象をナノスケールで可視化することは、経験則や匠の技に頼らない新しいものづくりの実現につながる。そして今、これからのものづくりを抜本的に変える世界トップレベルの放射光施設が、2023年に日本に誕生する。

 2018年7月3日、文部科学省は、従来よりも高分解能に物質を観察できる“巨大な顕微鏡”とも言うべき次世代型放射光施設を、東北大学青葉山新キャンパス(宮城県仙台市)に建設する方針を決定した。国と共同で施設の整備や運用を担う地域・産業界パートナーを文科省が公募し、東北の産官学団体を中心とするチームの提案が採択された形だ。

SLiT-Jの建設イメージ(出所:光科学イノベーションセンター)
SLiT-Jの建設イメージ(出所:光科学イノベーションセンター)
[画像のクリックで拡大表示]

 施設の名称は「SLiT-J(Synchrotron Light in Tohoku, Japan)」。同施設の特徴は、従来よりも100倍高輝度の軟X線ビーム光源を持ち、最大5nmと高分解能なイメージングで電子の振る舞いを観測できることだ。機能材料や電子デバイスの反応状態を高速に観測し、実環境下における動的な挙動解析の実現を目指す。国内の大型放射光施設「Spring-8」(兵庫県佐用町)では難しかったシングルナノスケールの物性や、刻々と変化する化学反応状態、複雑な磁気構造などの解析に期待が集まる。

 使い道は、まさに技術者のアイデア次第。電子材料や磁性材料、薬品の物性評価、タンパク質の構造解析、タイヤの燃費を下げるゴム構造の解析、肌にやさしく色落ちしない化粧品、口溶け滑らかなチョコレートの開発など、身の回りにあるすべての材料が対象となる。さまざまな業種に使ってもらうため、産業利用を促進するための仕組みも用意する。国の研究施設にありがちな、実験内容や成果を公開する義務を課さず、ビジネスでの実利用拡大を狙う。大企業はもとより、中小企業が施設を共同で利用できる枠組みを設ける。

 日経 xTECH編集部は、東北放射光施設計画を主導する光科学イノベーションセンター 理事長の高田昌樹氏(東北大学 多元物質科学研究所 放射光ナノ構造可視化研究分野 教授)にインタビューし、東北放射光施設が産業界に与えるインパクトについて話を聞いた。

(聞き手:内山育海=日経 xTECH)


次世代型放射光施設「SLiT-J」の建設計画が正式に選定されました。新たな放射光施設を建設する狙いは何でしょうか。

 放射光施設は、物質を分子・原子レベルの高分解能で観測できる光源を持つ研究施設です。巨大なリング状の加速器で電子を回転させたときに生じる高輝度かつ指向性の高い光のビームを利用して、高性能な電子顕微鏡でも観測できない物質の内部構造や特性を解析できるのが特徴です。このたび建設が決まったSLiT-Jは、既存施設と比べてビーム光源の質が高く、これまでは難しかった電子の振る舞いを観測できるようになります。

SLiT-J建設計画を主導する東北大学 多元物質科学研究所 放射光ナノ構造可視化研究分野の高田昌樹教授
SLiT-J建設計画を主導する東北大学 多元物質科学研究所 放射光ナノ構造可視化研究分野の高田昌樹教授
[画像のクリックで拡大表示]

 現在の国内最大規模の放射光施設が、兵庫県の播磨科学公園都市内にある「SPring-8」です。SPring-8は、これまで学術研究で盛んに利用されてきたのですが、産業応用は一部に限られていました。最近、企業が放射光を活用する有意性が明らかになってきました。この先端技術を産業界に還元することを目的として、東北に放射光施設を整備する計画を、光科学イノベーションセンターを中心に、宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会と共同で提案しました。