米IBMは2019年10月21日、「“量子超越性”について」というタイトルのブログを公開し、米Googleによる「53量子ビットの量子コンピューターで量子超越性を実証した」とする論文発表を真っ向から批判した。「(Googleの論文は)量子超越性に必要な条件をいまだ満たしていない」(同ブログ)という。
不自然な設計のスパコンを想定
Googleの発表は、同社が構築した53量子ビットの量子コンピューター「Sycamore」で量子乱数生成をシミュレーションし、古典的なスーパーコンピューターが1万年かかる計算を200秒で実行できた。そしてそれが量子超越性を示す証拠だという主張である(関連記事)。計算時間にして、約15億8000万倍の差となる。
これに対して、IBMは「Googleがスーパーコンピューターでは1万年かかるという計算は、同コンピューターの能力をフルに使っていない」と批判した。その1つが、Googleがスーパーコンピューターを主記憶(RAM)のメモリーだけで駆動する「RAMアグリゲーション」で計算する想定をしている点だとする。
実際これは、現在のスーパーコンピューターではほとんどの計算で非現実的な想定といえる。一般的には、RAMとハードディスクの両方を組み合わせて、データを階層化して使うからだ。RAMだけの計算は一般には速いが、今回のような膨大なデータを用いる計算でデータを階層化しないのは、むしろ大幅な非効率を招く可能性がある。
さらに、Googleは古典的コンピューターの既知のコード最適化手法もほとんど使っていないという。例えば、「テンソル縮約」「ゲート集約」「バッチ処理化」「キャッシュブロッキング」、その他のさまざまな手法である。
「スパコンでも最長2日半」
逆に、IBMがハードディスクも含めたデータアクセスを最適化し、しかも上記のコード最適化手法を用いてGoogleと同じ計算をシミュレーションしたところ、古典的なスーパーコンピューターでも、長くても2日半しかかからないことが分かったという。「かなり慎重な、最悪ケースを想定した見積りで2日半」(IBM)。この場合、53量子ビットのSycamoreとの差は約1000倍と、15億8000万倍から大幅に縮まる。
それでもまだ1000倍の差があるが、スーパーコンピューターの演算速度は「10年前後で1000倍」のペースで高速化してきた。10年後のスーパーコンピューターを超えらない、というのでは「量子超越性」にはほど遠い。
加えてIBMは、同社のシミュレーションではスーパーコンピューターのハードウエアの最適化の余地が大きく、それを実施すれば計算時間はさらに短縮できるとする。
「“量子超越性”は本来、量子コンピューターならできるが、古典的コンピューターではできないしきい値を超えるという意味だった。このしきい値はいまだ満たされてはいない」(IBM)。