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技術革新と量産効果で低減

 NRELとNEDOのコスト低減のシナリオの大枠はよく似ている。NEDOによるコスト1/200化計画は具体的にはこうなる。

 まずはおよそ4種類の技術的な改善で製造コストを1/10にする。具体的には、(1)現在のコストの約3割を占めるGaAs基板をELOという技術で太陽電池から剥離し、繰り返し再利用できるようにする、(2)太陽電池の発電層を1/3以下に薄くすることで、エピタキシャル成長(エピ成長)の時間短縮と材料の低減を図る、(3)エピ成長の層の一部をSi系太陽電池に置き換えたり、低集光のモジュールにしたりする、(4)製造装置の革新と製造プロセスの高速化による装置の減価償却の期間短縮や材料の利用効率の向上を図る─の4種類だ。

ELO(Epitaxial Lift-Off)=1978年に東京工業大学の研究者だった小長井誠氏(現・東京都市大学総合研究所 特任教授)らが考案したGaAs基板の太陽電池からの剥離技術。
エピタキシャル成長=下地となる結晶面の上に、薄膜結晶を成長させること。

 これらの技術的改善によって、結果としては製造プロセスのスループットも10倍以上に向上する。

 残る1/20のコスト低減は、主に量産規模を拡大することで進める計画だ。現状のGaAs系太陽電池の市場規模は1M~2MW/年。これを10GW/年と1万倍に拡大できれば、量産効果によって自然にそれだけのコスト低減が実現できるとする。

基板の再利用にようやくメド

 このシナリオでの最大のチャレンジが(1)のELOによる基板の剥離と繰り返し再利用の実現だった(図4)。ELOでは、GaAs基板の上に犠牲層(またはリリース層)と呼ばれる薄い層を成膜し、その上に太陽電池を形成した後に、フッ化水素(HF)などを用いて犠牲層を溶かしながら太陽電池部分を基板から剥離する。

(a)3接合IMM型GaAs系太陽電池でのELO(Epitaxial Lift-Off)法の一般的な手法
(a)3接合IMM型GaAs系太陽電池でのELO(Epitaxial Lift-Off)法の一般的な手法
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(b)CMPコストが低ければ基板再利用でセルコストは1/2以下に
(b)CMPコストが低ければ基板再利用でセルコストは1/2以下に
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(c)剥離時のイメージ
(c)剥離時のイメージ
(東京大学 岡田研究室)
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(d)剥離後の6インチ太陽電池
(d)剥離後の6インチ太陽電池
(NRELとMicroLink Devices)
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(e)太陽電池セル
(e)太陽電池セル
(Alta Devices、Hanergy、Audi)
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図4 基板の再利用10回にメド
基板の再利用プロセス(ELO)の概要(a)と、それによるコストの低減効果の見通し(b)。ELOを用いて4インチGaAs基板から太陽電池を剥離する際のイメージ(c)。実際にはELO専用の装置を用いて自動化する。米MicroLink DevicesなどがELOで作製した6インチ基板でのGaAs系太陽電池(d)。米Alta DevicesやドイツAudiなどが共同で作製したELOベースの太陽電池セル(e)。シャープや東京大学 岡田研究室はELOによる10回の基板再利用にメドが付いたとする。(図と写真:(b)と(d)はNREL、(e)はAudi)

 ELOは1978年に日本の研究者によって提案されたが、量産技術への適用のメドがなかなか立たなかった。剥離した基板を繰り返し再利用できる見通しが付いたのはつい最近のこと。2019年10月のNEDOの成果報告会で初めてシャープが10回の再利用にメドがたったと発表した。

磨くか磨かないか、それが問題

 ELOのプロセスにはNRELとNEDOでやや大きな違いがある。剥離した基板を研磨(CMP)するかどうかについてである。

CMP(Chemical Mechanical Polishing)=化学的機械研磨。研磨剤による機械的研磨だけでなく、研磨剤の化学的作用も研磨に利用する手法。

 剥離した基板には、犠牲層の溶け残りがあったり、直径1mm近いピンホールなどがあったりする。ピンホールは当初から基板にある微細な欠陥がエッチングガスによって拡大したものだ。この基板を次の太陽電池形成に用いるには、一般にはCMPによる研磨が必要となる。

 ところが、CMPをフルに、しかも毎回施すと、基板1枚と同程度のコストがかかるため、コスト削減効果が大きく損なわれる(図4(b))。NRELは、毎回CMPを施す前提で、CMP自体のコスト削減を検討課題に据える。基板の再利用の想定は、100~200回と非常に多い。

 一方、NEDOは、基板の再利用10回まではCMPを事実上施さない方針。技術的詳細は明らかにしていないが、それでもかまわないような工夫をしたもようだ。

セル厚を1/3以下に薄膜化

 コスト低減技術の(2)は、セルをそれまでの1/3以下の3µm厚前後に薄膜化する手法だ。エピ成長に必要な時間が大幅に減る上に、高価な材料の使用量も大きく低減するメリットがある。

 しかし、デメリットもある。単純な薄膜化では変換効率が大きく低下してしまうのである(図5)。太陽電池の各層が薄すぎて光を十分に利用できず、透過させるからだ。厚みによっては、変換効率が16%程度まで低下する。

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図5 薄膜化でSiをバックアップに利用
図5 薄膜化でSiをバックアップに利用
GaAs系3接合太陽電池の薄膜化に伴う課題と解決策を示した。既存の12µm厚のセルを1/3以下に薄膜化すると、太陽電池の各層が光を十分に利用できず、多くの光が透過して効率が下がってしまう(a、b)。この対策の1つとして、GaAs系のボトムセルの代わりに、安価なSi系太陽電池を使う手法がある(c) 。シャープはこれでセル変換効率33%以上を確保できることを実証(d)。NRELとスイスの研究機関は同35.9%を確認している。ただし、GaAs系とSi系太陽電池は電気的には独立で、2端子×2の「4端子セル」と呼ばれるセルになる。この方式ではセルの発電単価をSi系太陽電池並みにすることは難しい。(写真:シャープ)
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 NRELやNEDOは、薄膜化したGaAs系太陽電池とSi系やCIGS系の太陽電池を組み合わせることで、コストを上げずに変換効率低下を回避するようにした。Si系太陽電池は、主に長波長の太陽光を受け止めるボトムセルとして用いる。これによって、NRELなどはSiセル込みのセル変換効率35.9%、NEDOとシャープも同33%を確認している。これが(3)の対策となる。

CIGS(Cu-In-Ga-S/Se)系太陽電池=I族の銅(Cu)、III族のインジウム(In)やガリウム(Ga)、VI族のSまたはSeから成るp型化合物半導体を用いた太陽電池。n型半導体には酸化亜鉛(ZnO)が用いられることが多い。VI族のS、Seなどを含む化合物をカルコゲナイトと総称することから、カルコゲナイト系太陽電池とも呼ばれる。

4端子セルを実用化へ

 ここでのポイントは、GaAs系とSi系の太陽電池を電気的に接合しないことだ。それぞれ2つの電気的端子を持つため、合わせて4端子のセルとなる注1)

注1)4端子セルには長所と短所がある。長所は、2つの異種セルを電気的に接合する必要がなく、接合面の抵抗問題や電流整合問題を回避できるため、それぞれのセルで最適な設計をすれば済む点。太陽光の入射角への依存性も低減する。一方の短所は、コストが2つのセルの合計以上となるため、コスト低減の妨げになることと、発電出力の最大化回路(MPPT)などが2系統必要になることなどだ。ただし、これらは現状のコストが高すぎるGaAs系太陽電池の課題を低減する上で当面、表面化しない。

さらに薄くする選択肢も

 実は、薄膜化したGaAs系太陽電池の効率低下を防ぐ策は他にも幾つかある。1つは、さらに薄膜化した上で、裏面に光の透過を低減する凹凸の構造(裏面テクスチャー)を形成し、光を外に出さずに、薄膜内で反射を繰り返すようにする手法だ。冒頭で触れたHanergyが買収したAlta Devicesが、こうした手法で1µ~2µm厚と非常に薄い単接合のGaAs系太陽電池で変換効率30%を実現した。

 国内では、NEDOのコスト低減プロジェクトに参加している東京大学 大学院工学系研究科 教授で先端科学技術研究センター 産学連携新エネルギー研究施設 施設長の岡田至崇氏の研究室が採用。GaAs系3接合セルのまま厚みを1/4に薄膜化したセルに、裏面テクスチャーを施すことで、変換効率30.2%を得たという。

 シャープは、GaAs系太陽電池の薄さを生かして、裏面から入射する光の利用も想定する(図5(d))。後述する成層圏プラットフォームなどへの応用を検討中だという。

ELOの剥離速度は当初の6倍超

 コスト低減策の(4)は、(1)~(3)をも含む製造装置の革新や製造プロセス全体の高速化と高品質化である(図6)。例えば、ELOでは基板からの太陽電池の剥離速度の高速化が、CMPを用いない基板の高品質化にとっても重要な課題になっている。

(a)プロセス高速化/高品質化の多くが順調に進む
(a)プロセス高速化/高品質化の多くが順調に進む
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(b)産業技術総合研究所、大陽日酸などのマルチチャンバー型HVPE装置
(b)産業技術総合研究所、大陽日酸などのマルチチャンバー型HVPE装置
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(c)NRELが開発予定のインライン型ダイナミックHVPE装置のイメージ
(c)NRELが開発予定のインライン型ダイナミックHVPE装置のイメージ
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図6 プロセスの高速化/高品質化で装置償却を容易に
NEDOが主導するGaAs系太陽電池のコスト低減プロジェクトにおける、成膜(エピ成長)やリソグラフィー、モジュール化などの製造プロセスの高速化、高品質化の項目とその進捗状況(a)。この1年でELOによる基板の再利用回数は10回にメドが付き、GaAs層の成膜速度なども目標を上回った。手つかずなのは、ELOの再現性向上や材料の利用効率向上など。成膜速度140µm/時の達成には、水素雰囲気下での気相成長法であるHVPE(ハイドライド気相成長法)装置の開発が大きく貢献している(b)。HVPE装置は、産業技術総合研究所などではチャンバーや基板が「横向き」、NRELでは「縦向き」という違いがある(c)。NRELのHVPEでのGaAsの成膜速度は320µm/時と非常に速い。(図:(b)は産業技術総合研究所、(c)はNREL)

 剥離速度は当初、4インチの基板で7.5mm/時というスピードだった。これでは、基板1枚剥離するのに13時間以上もかかる。剥離に時間をかけると、生産性が低いだけでなく、前述のようにエッチングガスが基板のピンホールをより大きく拡大してしまう。剥離速度を高めるとピンホールの寸法が小さくなり、「剥離速度が20mm/時以上だと急速にピンホールが目立たなくなる」(東京大学の岡田氏)。現在、歩留まりはまだ低いものの50mm/時と高速剥離が実現しつつあるという。NEDOの目標は55mm/時。4インチ基板を2時間で剥離する速度だ。

 ただし、シャープは量産性確保の立場からこれだけではまだ足りないとみる。「量産時には、ELOのプロセスを100並列ぐらいにして生産性を高める必要がある」(シャープ)。