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 ホンダが、伝統としてきた4輪車の研究開発体制にメスを入れた。これまで本田技術研究所が担ってきた4輪車の商品開発機能を、事業部門のホンダ本体に統合すること決めた。事業部門と独立した別会社の本田技術研究所という「聖域」で車両開発を進めてきたが、2020年4月1日付の事業運営体制で改める。

 デザインなど一部機能を除く本田技術研究所の4輪商品開発機能に加えて、ホンダエンジニアリングの生産技術の開発・設備製造機能をホンダ側に移して開発効率を高める(図1)。本田技術研究所は、「新たなモビリティーやロボティクス、エネルギーなど、新価値商品・技術の研究開発に集中する」(ホンダ)という。

図1 ホンダが4輪事業の運営体制を変更
図1 ホンダが4輪事業の運営体制を変更
これまで子会社の本田技術研究所が担ってきた4輪車の開発機能をホンダ本体に移管する。(出所:ホンダ)
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 「『未知の世界の開拓を通じた新価値創造』という、目先の利益にとらわれず先行研究に取り組む設立当初の趣旨から、研究所の役割が大きく離れていた」――。ホンダ関係者が、今回の体制変更の背景を明かす。

 本田技術研究所には、「R研究」と「D開発」と呼ばれる2つの役割がある。リサーチの頭文字をとったR研究は、技術要素を長期的に研究することで革新的な技術として生み出すことを目的としている。「失敗や無駄を許容して創造性を生み出す“ホンダらしさ”の中核」(ホンダの技術者)は、このR研究の領域にある。一方のD開発(デベロップメント)は、R研究の成果を活用しながら商品化に向けた開発を担当する。

 R研究とD開発の両輪が機能した代表例が、ホンダが1973年に発売した「シビックCVCC」である(図2、3)。複合渦流調整燃焼(CVCC)方式のエンジンを採用したことで、当時達成が不可能とされていた米国の排ガス規制「マスキー法」を世界に先駆けてクリアした。同エンジンはトヨタ自動車にも供与することになり、当時は小規模の自動車メーカーだったホンダが世界にその技術力を知らしめるきっかけになった。

図2 ホンダが1973年に発売した「シビックCVCC」
図2 ホンダが1973年に発売した「シビックCVCC」
米国で1975年から導入された排ガス規制「マスキー法」に合格した。(撮影:日経クロステック)
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図3 ホンダのCVCCエンジン
図3 ホンダのCVCCエンジン
希薄な混合気を燃焼させることでCO(一酸化炭素)とHC(炭化水素)を減らし、また燃焼温度も下がるのでNOx(窒素酸化物)も減らすという、触媒を使わないシステムを採用した。(画像:ホンダ)
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 その後も、世界初のカー・ナビゲーション・システムを開発するなど存在感を高めてきた本田技術研究所だったが、「(2008年9月からの)リーマンショックで業績が傾いて以降はR研究が減り、事業に直接貢献するD開発の割合が増えていった」(前出のホンダ関係者)。創業者の本田宗一郎氏らが“未知”に立ち向かうことを目的に立ち上げた同研究所の原点から乖離していたという。

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