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 トヨタ自動車(以下、トヨタ)が銀行に1兆円もの融資枠を設定――。2020年3月27日に日本経済新聞が、1兆円のコミットメントライン(銀行融資枠)の設定を銀行に要請したと報じた(日経新聞の関連記事)。世界的に拡大し続けている新型コロナウイルス感染症の影響への対策の一環だ。

†コミットメントライン(銀行融資枠)=銀行と顧客(企業など)があらかじめ設定した期間・融資枠の範囲内で、顧客の請求に基づいて、銀行が融資を実行することを約束(コミット)する契約のこと。安定的な運転資金枠の確保や、市場環境における不測の事態に対応するために利用される。契約期間中は、顧客は融資枠内であれば審査なしで融資を受けられる。

 だが、トヨタといえば「無借金経営」で有名な企業だ。ここしばらく毎年2兆円を超える営業利益を稼ぎ出しており、潤沢な内部留保を持つことでも知られる。同新聞によれば、手元資金は約6兆円もあるという。そのトヨタがなぜ今、銀行に頼るのか。その疑問を識者にぶつけた。

トヨタ社長の豊田章男氏
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トヨタ社長の豊田章男氏
無借金経営を続け、手元資金が豊富なのに1兆円の融資枠を銀行に申請した。(写真:トヨタ自動車)

「サプライチェーンの崩壊を防ぐ」

ジェムコ日本経営本部長コンサルタントの古谷賢一氏

 もちろん、トヨタは豊富な資金を持っている。だが、いつでも使える資金を用意しておきたいのだろう。内部留保が潤沢といっても、例えば1兆円の現金が金庫室にあるなら別だが、通常は現金だけではなく、それ以外のさまざまな形で資産になっていることが多い。そのため、必要になったらすぐに使える状態の資金、すなわち現金を用意したかったのだろう。

古谷賢一氏
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古谷賢一氏
ものづくりの現場に詳しい経営コンサルタント。「工場力強化の達人」の異名も持つ。(写真:日経クロステック)

 ただ、あくまでも融資枠を設定しただけであって、実際にはまだ借金をしてはいない。1兆円が必要になったら直ちに借りられるように、銀行と話をつけたというだけだ。だから、トヨタは金利を払う必要もなく、手元資金が目減りするわけではない。

 1兆円もの資金をトヨタは何に使うのか。今後、新型コロナで負の影響を受け、緊急で資金が必要になるかもしれない企業の支援に使用する。部品メーカーやトヨタの販売会社・関連会社、その取引先などが考えられる。資金需要はどこまで拡大するか分からない。そこで、1兆円の大きな金額を支援に充てられるとアナウンスしたのだろう。

 こうしたリスク対応のための資金確保が第1の理由だと思うが、私はもう1つの理由があると考えている。そして、実はその第2の理由の方が大きいのではないか。それは、サプライチェーン(部品供給網)の崩壊を防ぐという理由だ。

 1兆円もの金額を融通できると宣言することで、トヨタは「自動車産業全体の資金は潤沢だ」と国内外にアピールしているのではないか。これだけの資金があるのだから、トヨタとビジネスでつながっている部品メーカーが資金で苦しむことはない、自動車産業には金が回る、と。すると、例えば部品メーカーが信用を問われた場合でも、相手企業に「トヨタの資金支援を受けられる」と説明できるし、仮に現金決済を求められても応じられる。

 実際、自動車産業のトップに位置する会社がこう宣言すれば、日本のみならず世界の産業界に健全性を強く訴えることは可能だ。結果、トヨタは同社に部品を納める会社を守り、サプライチェーンの崩壊を防ぐことができる。