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 日本の鉄鋼メーカーが高炉の休止に動いている。JFEスチールが2020年3月27日、2023年度(2024年)をめどに東日本製鉄所京浜地区の高炉を休止すると発表。同年2月には日本製鉄が呉製鉄所と和歌山製鉄所の高炉をそれぞれ閉鎖および休止すると発表している。高炉を止めるとはどういうことか。日本の鉄鋼メーカーに何が起きているのか。鉄鋼メーカー出身で、ものづくりに詳しいジェムコ日本経営 本部長コンサルタントの古谷賢一氏に、鉄鋼業界に精通していない人でも理解できるように分かりやすく解説してもらう。(聞き手は近岡 裕)

東日本製鉄所京浜地区の第2高炉
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東日本製鉄所京浜地区の第2高炉
(出所:JFEスチールのWebサイトのキャプチャー)

JFEスチールが川崎市の高炉1基を休止すると発表しました。日本製鉄も広島県呉市の全高炉を閉鎖し、和歌山市に2基ある高炉のうち1基を休止すると発表済みです。しかし、鉄鋼業界に精通していない人の中には、これらの発表がどのような意味を持つか分からない人もいると思います。改めて、高炉とは何かから教えてください。

古谷氏:産業の基幹素材(かつては「産業の米」と呼ばれた時代もありました)である鉄ですが、その生産には大きく2通りの方法があります。1つは高炉を使う方法で、もう1つが電気炉を使う方法です。前者の方法で鉄を生産している会社を高炉メーカー、後者の方法で鉄を生産している会社を電炉メーカーと呼びます。

 高炉は、高さが100mほどもある塔のような形状の巨大な設備で、製鉄所のシンボルともいわれるものです。高炉の上部から鉄鉱石とコークス(石炭を焼き固めたもの)を交互に投入し、下から熱風を吹き込むことで、銑鉄と呼ばれる鉄の元になるものを生産する設備です。高炉から取り出された銑鉄は、付帯する製鋼設備(転炉や鋳造設備、圧延設備など)を経て、皆さんの知る薄板や厚板、形鋼、パイプなどの鉄鋼製品になります。

ジェムコ日本経営 本部長コンサルタントの古谷賢一氏
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ジェムコ日本経営 本部長コンサルタントの古谷賢一氏
「工場力強化の達人」と呼ばれる、ものづくりの現場に詳しい経営コンサルタント。鉄鋼メーカーで働いた経験がある。(写真:日経クロステック)

 高炉はその付帯する製鋼設備まで含めると、5000億円から1兆円近い費用がかかる、恐らく産業の中で最も高額な生産設備の1つです。国内で稼働している主要な高炉は、内容積が5000m2以上あり、そこから1日当たり1万t(トン)の銑鉄が生産されます。費用も規模も桁外れだということが分かると思います。

 一方、電気炉は、巨大な釜のような形をした設備で、鉄鉱石ではなく鉄スクラップを入れ、そこに電極を突っ込んで電気放電による熱を利用して鉄を溶かす方法です。鉄は、1度何かの形で使われたとしても、それらを集めて溶かせば再び別のさまざまなものに造り替えることが可能です。電気炉はそうした鉄のリサイクルに寄与する方法です。

 電気炉も高炉と同様に、付帯する製鋼設備(鋳造設備や圧延設備など)を活用し、最終的な鉄鋼製品を生産しています。電気炉は高炉に比べて安価(数百億円から1000億円程度だと言われています)に建設することができ、おおむね高炉の1/10の費用で済みます。

 高炉を使うメリットは、巨大な設備を使う代わりに大量かつ安価に鉄を生産できることです。そのため、市場規模が大きくスケールメリットを生かせる製品、例えば薄板などに適しています。一方、電気炉を使うメリットは、設備の規模が小さいので、多品種少量の製品、例えば棒鋼や形鋼などに適しています。

 高炉にはもう1つのメリットもあります。付帯する製鋼設備を活用することで、高度に結晶構造や成分を調整できることです。高張力鋼板(ハイテン)や電磁鋼板などの、いわゆる自動車や家電などに多用される高級鋼の生産は高炉によるものが主流です。電気炉では原料に鉄スクラップを使っているため、どうしても不純物成分が混じってしまいます。近年、精錬(不純物を取り除く技術)が進歩し、電気炉を使って高炉と遜色のない製品を造れるようになりつつありますが、まだまだ高級鋼の世界では高炉の独壇場が続いています。

高炉を休止するとは、鉄鋼メーカーにとってどのような意味があるのでしょうか。また、その決定が社会にどのような影響をもたらすのですか。

古谷氏:まず鉄の生産を考えると、現在の1年当たり1億t前後ある国内粗鋼生産は、稼働している高炉の基数でほぼ決まります。今回、日本製鉄の呉製鉄所(運営は子会社の日鉄日新製鋼)が、休止ではなく閉鎖になると報じられています。これは、「1年当たり300万t強の粗鋼生産能力が国内から永遠になくなること」を意味します。

 製鉄所を閉鎖するということは、「企業城下町の城主がいなくなる」ということ。社会的な影響が大きいことは言うまでもありません。自動車と同様に、巨大な製鉄所には、その操業を維持するために多くの関係会社や協力会社を必要とします。そうした地域の産業にも大きな影響が懸念されるわけです。

原料価格の高止まり×供給過多×急激な市場の冷え込み

 鉄鋼メーカーが高炉を休止する理由としては、呉製鉄所の生産性の低さが指摘されています。報道や鉄鋼メーカーの発表などを踏まえると、もともとあった原材料価格の高止まりや、中国などの供給過多による価格の下げ圧力に加えて、昨今の市場の急激な冷え込みによって需要が低迷し、日本の鉄鋼メーカーの経営環境が一気に悪化しています。そのため、将来的に競争力を確保できる見込みが薄い、あるいは生産性が低い(=コスト的に割に合わない)製鉄所を閉鎖することで、利益改善やROA(総資産利益率)の改善を図ろうとしているのだと思います。

 実は、呉製鉄所は昨年(2019年)に発生した火災事故の影響もあり、高炉を1基休止するとの報道が以前からありました。今回、鉄鋼市場の低迷に対応するために、さらに抜本的なメスが入ったということでしょう。

 和歌山製鉄所の場合は1基の高炉が休止になると報道されています。これで200万t程度の生産能力が国内から減ることになりますが、これは休止なので、高炉を再稼働すればまた生産能力は戻ります。しかし、高炉を一度休止した場合、再稼働させるには炉内に残って固まった残渣(ざんさ)をかき出し、再び操業可能な状態にする作業に長い時間と多額の費用が必要となります。単にスイッチをオン/オフすれば済むというわけにはいかないのです。

 加えて、高炉の休止は付帯する製鋼設備にも影響するため、製鉄所で働いている多くの人の雇用に影響が出る可能性があります。さらに、高炉を抱える製鉄所では、巨大な設備を操業するために必要な周辺産業も同時に影響を受けます。そのため、多くの関連する企業への影響も懸念されます。自動車産業と同様に裾野が広いのです。

 和歌山製鉄所の場合、休止とのことですので、基本的には生産能力の調整(高炉1基分の生産能力を下げて供給過多を防ぐ)の意味が強いかと思います。先述の理由により、高炉はいったん稼働させると、休むことなく生産を続けなくてはならない設備です。市況の悪化で供給を抑えるためには、高炉の休止というのは製鉄業では珍しくありません。和歌山製鉄所の高炉は、他の製鉄所の高炉に比べて規模が小さく、生産性や生産品目などの理由で休止の対象に選ばれたのだろうと思います。