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 SiC(炭化ケイ素)の本格採用は時期尚早――。トヨタ自動車とホンダが同じ結論に達した。両社は2020年2月に発売した新型ハイブリッド車(HEV)のインバーターで、SiCをパワー半導体素子(パワー素子)に採用することを見送った。

 SiCの代役としてトヨタとホンダが白羽の矢を立てたのが、「RC(Reverse-Conducting:逆導通)-IGBT」と呼ばれる新型のSi(シリコン)製IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)だ。詳しくは後述するが、SiCほどではないものの、現行のIGBTに比べて小型化や損失低減の効果を得られる。

「ヤリス」と「フィット」に搭載

 車両への本格搭載で先陣を切ったのがトヨタ。2020年2月10日に発売した新型「ヤリス」のHEVにRC-IGBTを採用した(図1)。モーター制御の改良や高効率なDC-DCコンバーターの採用などと合わせて、従来のハイブリッドシステムに比べて30%、伝達損失を低減した。インバーターやDC-DCコンバーターを一体化したPCU(パワー・コントロール・ユニット)はデンソーが供給する(図2)。

図1 トヨタ自動車の新型「ヤリス」
図1 トヨタ自動車の新型「ヤリス」
2020年2月10日に発売した。ハイブリッド車(HEV)の価格は199万8000円(消費税込み)から。(出所:トヨタ自動車)
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図2 トヨタの新型ヤリスに搭載するPCU
図2 トヨタの新型ヤリスに搭載するPCU
パワー半導体としてRC-IGBTを採用する。(撮影:日経クロステック)
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 新型ヤリス発売の4日後にホンダが投入した新型「フィット」も、PCUに同社としては初めてRC-IGBTを適用して大幅に小型化した(図3)。フィットとして新採用となる電圧を駆動用モーターの要求電圧に昇圧するVCU(ボルテージ・コントロール・ユニット)やこれまで別体だったDC-DCコンバーターを内蔵しながら、PCUの体積を10%削減した。

図3 ホンダの新型「フィット」
図3 ホンダの新型「フィット」
HEVの価格は199万7600円(消費税込み)から。(撮影:日経Automotive)
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 これにより、先代フィットでは荷室下に配置していたPCUを、エンジンルール内に移設できた(図4)。配線ケーブルの短縮や工数の削減も貢献したPCUを開発したのはケーヒン。ホンダで新型フィットのPCU開発に携わった技術者によると、「フィット以外の新型HEVにもRC-IGBTを搭載したPCUを採用していく」(同技術者)方針だ。

図4 新型フィットのエンジンルーム
図4 新型フィットのエンジンルーム
先代車では荷室下に配置していたPCUをエンジンルーム内に移設した。(撮影:日経Automotive)
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トヨタとホンダがパワー半導体戦略を転換

 ホンダやトヨタはこれまで、次世代パワー半導体の「主役」にSiCを据えてきた。トヨタは新型「ヤリス」への搭載を目指してSiCインバーターの開発を進めてきた。2014年ごろから公道試験を繰り返し、2020年以降はSiCをパワー半導体の「主役」にする戦略だった。

 ホンダも、SiCに大きな期待を寄せる。少量生産の車両ながら、2016年に発売した燃料電池車(FCV)「クラリティフューエルセル」にSiCパワー半導体を搭載して知見を蓄えてきた。

 なぜSiCからRC-IGBTに切り替えたのか。ホンダのインバーター技術者は「SiCは性能面では非常に魅力的だったが、コストや安定供給の課題をクリアできなかった」と理由を明かす。理想を追求できるのならSiCを採用したいが、現実解のRC-IGBTを選択した格好である。