「おい、そこの君、私を持っていかなくていいのかい?」――。
朝、家を出るとき、マスクがあなたにそうささやく。身の回りのありとあらゆるモノがしゃべりだし、自分に話しかけてくる。そんな世界を創り出せる技術が生まれつつある。
近い将来に訪れるのは、街中にある観光スポットの石像などが観光案内を読み上げたり、動物園の檻(おり)の前で動物が日本語や英語で自己紹介したりする世界だ。
「音のAR」を空間へ拡張
これまでにも、ユーザーが得られる情報を音声によって拡張する「音のAR(Augmented Reality)」が注目されてきた。耳のウエアラブルデバイスである「ヒアラブルデバイス」を用いた音声ガイドや音声アシスタントとの連携したサービスである。
これに立体音響技術を用いて、音が聞こえてくる方向や音源との距離を表現することで、現実ではあり得ないモノに音声を載せることが可能になる。
そうした試みの1つが、NECが2020年2月から実証実験を進めている「空間音響MR(Space Sound Mixed Reality、SSMR)」である。屋外に音源を配置することで、建造物そのものが音を発しているような体験を提供できる。商店街や観光地をエンターテインメント空間に変えてしまう技術だ。
空間音響MRでは、同社が開発した音源を空間に仮想的に固定する「音響定位技術」と、スマートフォンで映像を見せるAR技術を活用する。位置座標をパラメーターとして、ユーザーの場所や動作に応じて音声やAR映像を再生させることで、まるでそのオブジェが生きているかのように話しかけてくる、臨場感のある体験を可能にする(図1)。
NECなどが2020年2月に発足させた「SSMRビジネス推進コンソーシアム」は、空間音響MRを用いたサービスの第1弾として、同年2月から3月にかけて、香川県にある善通寺で実証実験「VoiCineWALK 善通寺~こころに響く空海の言葉」を実施した。
ユーザーには専用アプリをインストールしたスマートフォンと専用イヤホンが貸し出される。敷地内に配置した音源は数十カ所を超え、コース通りに歩くと順次その音源からの音声がその方向から再生される。加えてコースの途中には、AR映像と組み合わせて空海の言葉を伝えるスポットを6カ所用意した(図2)。
実際に体験すると、現実空間にちりばめられた音源から音が聞こえてくる、立体音響技術の面白さを感じられた。