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新制度は入り口、6年目にキャリア採用願う

 「待遇が低い」との声に、パナソニックも「それは違う」と返す。同社は明確な戦略の下で、新採用制度を打ち出したからだ。

 パナソニックが採用を狙うのは、AIそのものの研究・開発を行う人材ではない。同社が力を入れている、生活支援のサービス基盤「HomeX」に関わる製品へのAI実装や、そのサービス基盤の構築などの業務を担える人材だ(図2)。GAFAなどが求める人材は待遇面から太刀打ちできないことはパナソニック自身も分かっている。

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図2 募集職種ごとの一部条件
「AI技術・データ分析技術研究開発者」だと、国際学会での第一著者としての発表などが求められる(a)。「Deep Learning組み込み技術」だと、3~5年の機械学習を用いた研究・開発の経験などが求められる(b)。(出所:パナソニック)

 それでは、なぜこんな待遇を打ち出したのか。例えば「大学の博士課程を通して大きな成果を残してきたのに、横並びの低い給与ではやっていられない。もっと技術に見合う評価をしてほしい」と言って去ってしまう人材へのアピールだ。現行の正社員の給与体系は彼らの要望に応えられない。同社には「日系企業に採用で競り負ける、あるいは取りこぼしてしまう優秀な人材の関心を少しでも引きたい」という切実な思いがある。

 ただし、年収の多さだけで釣るつもりはないようだ。「高給を理由に来た人は、他で提示された高給とともに去ってしまう」(同社)からである。実際、年収水準だけを比較すると他社に負けるケースもある。だが、パナソニックは暮らしを中心とした有益なデータを豊富に持つ。このデータを使って「AIやデータサイエンスの領域で活躍する仕事にはやりがいがある。パナソニックのデータを活用して世の中に貢献できることに価値を見いだす人に来てほしい」(同社)。

 雇用期間については、「正社員の条件を加えれば、誰からも文句を言われなかったはずだ」と前述したメディアスケッチの伊本氏は言う。だが、最長5年間という短い雇用期間もパナソニックには考えがあってのことだ。

 高度な専門性を持つ人材の中には、「1社に縛られたくない」と長期雇用を望まない人がいる。正社員にしてそうした選択肢を狭めたら、むしろマイナスになるとパナソニックは判断したのだ。とはいえ、正社員の道を閉ざしたわけではない。「本人が望み、当社も望む“相思相愛”状態であれば、6年目からキャリア採用による正社員の道も用意している」(同社)。新採用制度はパナソニックの文化に触れてもらうための入り口でもあるというのだ。

 パナソニックがみせる配慮は他にもある。「大学在学中にベンチャー企業を立ち上げている人たちもいるため、採用時には個別で相談を受け、人材ごとに起業・副業などを認める」(同社)という。

 新採用制度により、パナソニックは10人程度の採用を目指している。うまくいくかどうかはまだ分からない。ただ、企業と技術者が年収や職場文化を含めた待遇を適切にマッチングできれば、短期間でも両者にとって良い相乗効果が生まれる。さらに、優秀でさまざまな経験を積んだ人材の流動性が高まれば、社会・企業全体の活性化も見込まれるだろう。

 世間には依然、「AIは万能」「人間を超える」などと誤解している人がたくさんいる。AIに対するイメージと現実(実力)の間には大きな差がある。ところが、説明してもなかなか伝わらない。パナソニックの新採用制度に対する世間の誤解も、ここから生じているように思える。