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「電車通勤は心配」と職人がリモートを提案

 在宅リモートワーク実現も、同氏の好奇心と経験と知恵からの成果が、思わぬタイミングでうまくはまった形になった。その原動力となった活動の1つが、職人の育成だ。東京都の職業訓練校などの講師を務めるとともに、より多くの人に体験を通して溶接の魅力を知ってもらい、そこから将来の職人を発掘しようと「宮本溶接塾」を開講している。工場の職人だけではなく、一般人を対象に溶接アート作りなども指導するのが特徴。その卒業生の1人が市原氏だった。

溶接アート作品
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溶接アート作品
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溶接アート作品
新型コロナウイルスの影響で中止になったワークショップイベントで作成する予定だったもの。(出所:クリエイティブ ワークス)

 クリエイティブ ワークスに入社してから、市原氏はいつも朝に1時間ほどかけて電車で工場に出勤してきていた。しかし、このところの新型コロナウイルス感染拡大の騒ぎにより、電車通勤に不安を覚えるようになった。市原氏から相談された宮本氏も「(従業員の)ウイルスへの感染は心配だった」と、すぐに在宅リモートワークの検討を始めた。

クリエイティブ ワークスの溶接職人、市原萌氏
クリエイティブ ワークスの溶接職人、市原萌氏
(写真:筆者、ウェブ会議システムでの取材から)
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 「少なくとも事務作業はリモートで十分可能だと考えていた」(宮本氏)が、問題は現場作業をどうするか。解決策は市原氏が提案した「あの『溶接キット』を使えば、自分の部屋でも作業ができるのでは」だった。

 溶接キットとは、デジタルTIG溶接機と作業台などのセット。宮本溶接塾の受講者向けに準備していた教材だ。溶接器具はホームセンターでも売られているもので、セットは全部で30万円ぐらい。TIG溶接なので煙や火は発生しないため、住宅などの室内でも十分換気すれば安全に使えるという。

* TIG溶接
TIGはタングステン・イナート・ガス(Tungsten Inert Gas)の略。不活性ガスを吹き付けながらタングステン製電極とワークの間にアーク放電を発生させ、溶接棒を溶かしてワークに付着させる。
自宅に搬入した溶接キット
自宅に搬入した溶接キット
(出所:クリエイティブ ワークス)
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 この溶接キットにはインカムとカメラを装着した溶接面が含まれる。作業補助器具にも通信機能を実装。カメラからはリアルタイムに作業中の映像を送信できる。溶接器具はネットワークに接続して作業の進捗をデータで通信可能な、いわゆる「IoT溶接機」である。

IoT溶接機を中心とする溶接キットの概要
IoT溶接機を中心とする溶接キットの概要
(出所:クリエイティブ ワークス)
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 もともと宮本氏がこのキットを作った目的は、受講者に対するリモートでの作業指導だった。「スマホやネットが当たり前にある中で育ってきた若い世代の人たちには、ITやIoTを使用した環境は普通。だからそれを使った教育が合っていると考えていた」(宮本氏)。加えて、日常業務での他社との協業に使えるとも考えていたという。それが今回、思わぬ形で役に立つことになった。

 「自宅での作業でも安全面には大きな問題はないだろうと判断したが、さらに実地で詳しく検証しようと考えた」(宮本氏)。小さな設備なので溶接できるワークの大きさや難易度には限りがあるものの、「これまで工場で市原氏に対応してもらっていた作業はほとんどカバーできる」と考えた宮本氏は早速、市原氏の自宅に溶接キットを持ち込んだ。材料は宅配便で逐一届けることにした。