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 ブラックホールのような強い重力場では時空間がゆがみ、時間はゆっくりと進む。アルベルト・アインシュタインが築いた一般相対性理論の法則だ。一般相対性理論がもたらす不思議な世界は映画「インターステラー」のようなSFで頻繁に描かれている。だがこのような重力による時間の流れの違いは、100億年で1秒ずれる程度という極めて高精度な時計「光格子時計」によって地上でも観測できるようになってきた。わずか数センチメートルの高低差の重力の影響を観測できる光格子時計は、実は日本発の技術。世界の見方を変える新技術は、火山活動の検知など新たな応用への期待も高まる。

光格子時計の模式図。卵パック状の入れ物に原子を閉じ込める
光格子時計の模式図。卵パック状の入れ物に原子を閉じ込める
(出所:東京大学)

東京スカイツリーの展望台は地上よりも時間の流れが速い

 一般相対性理論によると重力の強い場所では時間がゆっくりと進む。理論的には高層マンションの最上階と地上階では、地上階のほうが重力の影響を受けるため時間がゆっくりと進むはずだ。だが数十〜数百メートルの高低差による重力の違いはごくわずか。日常生活で時間の流れの差を意識することはない。

 そんな時空間が地上でも実はゆがんでいることを東京大学大学院の香取秀俊教授や理化学研究所の高本将男専任研究員らのグループは2020年4月、証明した。東京スカイツリー(東京・墨田)の地上450メートルの展望台と地上階では、展望台のほうが1日当たり4ナノ秒速く進んでいることがわかった。これを証明したのが100億年で1秒ずれる程度、10のマイナス18乗という極めて高精度な光格子時計だ。

 光格子時計は2001年に東大の香取教授がコンセプトを発表した日本発の技術だ。では光格子時計とはいったいどんなものか。「光の定在波で時計の基になる原子の振り子に影響を与えないように原子を閉じ込め、一度に多数の原子を同時に観測できる手法」と発明者の香取教授は説明する。

 光格子時計は、現在の高精度な時計の基となっている原子時計の一種だ。原子時計は、原子の周囲を回る電子が軌道を遷移する際に吸収する原子固有のエネルギー(振動数)をレーザーなどで計測。その振動数を基に極めて正確な秒を決める。1950年代に発明されて以降、高精度な時計の手法として発展を遂げ、セシウムを用いた原子時計は現在、3000万年に1秒の誤差の、10のマイナス15乗程度の精度を持つ。

 ただ高精度な原子時計にも弱点がある。精度を高めるためには何度も繰り返し計測しなければならない点だ。現在の最高精度の原子時計は100万回程度の計測が必要で、10日ほど時間がかかってしまうという。

 ここで100万個の原子を同時に観測できるようにすれば、10日かかっていた計測が一瞬で済むようになる。これが光格子時計のベースとなるアイデアだ。ではどうやって狭い領域に多数の原子を閉じ込めるのか。実は原子がわずかに動くだけで時計の秒を決める原子の振動数に誤差が生じてしまう。遠ざかる救急車のサイレンが変化するのと同じドップラー効果だ。周囲に電場、磁場があるだけでも原子が動いて振動数に影響を与えてしまう。これまでの原子時計は、こうした影響をいかに排除するのかに苦心してきた。

 香取教授は多数の原子を閉じ込めるために逆転の発想をした。外部の影響を排除するのではなく、積極的に与えることで原子を閉じ込める入れ物を作るというアプローチだ。具体的にはレーザー光を使うことで、卵パック状の光のかご(光格子)ができる。この卵パックの中に原子を一個ずつ閉じ込めれば、原子が外部の影響を受けず、同時に多数の観測ができる。

東京スカイツリーの実験に用いた可搬型の光格子時計装置
東京スカイツリーの実験に用いた可搬型の光格子時計装置
(出所:東京大学)

 香取教授はストロンチウムを使った光格子時計の開発に取り組み、2015年に10のマイナス18乗の精度を実証。実験室サイズだった巨大な装置を持ち運びできるサイズまで小型化し、今回の東京スカイツリーでの実証につなげた。