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 電磁モーターに取って代わられ、縮小の一途をたどる運命に見えた油圧――。復活の機運が高まっている。ロボット用などで新しい油圧技術を開発するメーカーが相次ぐ(図1)。コロナショックで建設現場などの省人化へのニーズが高まることが追い風になる。小さく大きな力を生み出せる油圧の特徴に高い制御性を加えて、「モーター1強時代」に風穴を開ける。

図1 油圧シリンダーを脚に使った人型ロボット
図1 油圧シリンダーを脚に使った人型ロボット
川崎重工業が開発する「カレイド(Kaleido)」。高さ1.78m、質量85kg。新開発の油圧シリンダーを脚に搭載し、板を蹴り飛ばせる。(出所:川崎重工業)
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 川崎重工業は小型の油圧シリンダーを新たに開発し、外で動き回る人型ロボットの脚に搭載した。モーターではなく油圧を選んだのは、大きな推力を発生し、汚れや衝撃に強い特徴を重視したからだ。「今後はロボットが外で作業する場面が増えるのではないか。耐環境性で油圧は(モーターよりも)優れる」(川崎重工業精密機械・ロボットカンパニー共存ロボット課課長の掃部雅幸氏)

 ブリヂストンは、高強度の繊維で覆ったゴムチューブを油圧で動かして力を発生する「人工筋肉」を開発した(図2)。例えばロボットの腕に使い、インパクトドリルを使った壁の穴あけなどを実施できる。衝撃に弱いモーターでは難しいとされる作業だ。「圧倒的なパワーウエイトレシオ(出力質量比)と耐衝撃性」(ブリヂストン先端技術推進本部主幹研究員の大野信吾氏)を両立する。

 図2 軽くて力が強い「人工筋肉」
図2 軽くて力が強い「人工筋肉」
通常は空気圧で制御するマッキベン型のゴムチューブに油圧を適用し、大きな力を実現した。ブリヂストンが開発する。(撮影:日経クロステック)
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 油圧はかねて、ショベルカーやプレス機など大きな力が必要なものに使われてきた。一方で、人型ロボットのように相対的に小さな力で十分とみられた用途はモーターの出番だった。モーターの制御性は高い上に、長年かけて出力密度を大きく向上させてきたからだ(図3)。大型用途でも、一部で油圧を置き換えるまでになった。

図3 油圧はモーターに駆逐されてきた
図3 油圧はモーターに駆逐されてきた
これまでモーターは出力密度を高め続けており、油圧の用途を奪ってきた。2017年までの市販製品を調査した。(出所:青山学院大学/日本機械学会)
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 モーターが油圧を駆逐する勢いに見える中、世界で油圧を見直す契機になったのが、米ボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics)が開発した人型ロボット「アトラス(Atlas)」の登場だ。脚に油圧シリンダーを搭載して歩く動画を2013年に「YouTube」で配信した。悪路を安定して正確に動く様子に、世界中の技術者や研究者が衝撃を受けた。

 その後、走って飛び跳ねる技術まで開発した(図4)。油圧は制御性が低いとみられがちだが、油圧の力が強い利点をそのままに、高精度で滑らかな制御を実現した。油圧が消え去る技術ではなく、今後も活躍の余地があることを世界に知らしめた。

図4 これだけ飛び跳ねて壊れないのは油圧ならでは
図4 これだけ飛び跳ねて壊れないのは油圧ならでは
ボストン・ダイナミクスのアトラスは、用途はともかく、油圧は枯れた技術ではないことを見せつけた。写真は同社のYouTube動画から。
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 アクチュエーターの専門家である東京大学教授の山本晃生氏は、「アトラスの映像は衝撃的で、油圧を見直す機運が一気に高まった」と振り返る。人型ロボットの研究者が多い日本で、とりわけ反響が大きかったのだろう。ソフトバンクグループが18年にボストン・ダイナミクスを買収した。

 アトラスに触発されて、各国で油圧の研究が加速する。日本では14~18年に内閣府が革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「タフ・ロボティクス・チャレンジ(TRC)」を立ち上げて、その中でロボット用の油圧研究を後押しした。日本企業による新しい油圧技術の開発が相次ぐのは、TRCの成果が花開いたと言える。

 TRCで油圧研究グループをまとめた東京工業大学教授の鈴森康一氏は、「油圧の力が強い特徴に加えて、軽く滑らかに動かす技術が進化し、屋外をはじめ油圧の用途はもっと広がる」と期待する。

 油圧ロボットの用途で最近注目が集まるのが、災害現場や建設現場などの屋外作業である。建設現場はかねて人手不足に悩み、ロボットの導入に前向きだった。さらにコロナショックで建設現場の「3密」を避ける省人化の取り組みが加速するとの見方がある。耐環境性が高く、力が大きな油圧ロボットが活躍する余地は大きい。