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 2020年4月1日。あるプロジェクトによって生まれたバイオ燃料を積み、1台のバスがさっそうと走りだした。石油由来のディーゼル(軽油)と同等の性能を持ち、将来的には環境負荷の7~8割減を狙える同燃料。電動化以外の環境対応策として貴重な選択肢の一つになる。手掛けたのは、商用車大手のいすゞ自動車とバイオスタートアップのユーグレナだ。約6年にも及んだ両社のバイオ燃料開発、その裏側に迫った。(本文は敬称略)

 「ようやく燃料サンプルが完成しました。エンジン試験をやらせてください。お願いします」。2018年夏、いすゞ自動車藤沢工場の一室に、ある男の声が響いていた――。

 声の主は、いすゞコーポレートコミュニケーション部シニアエキスパートの小林寛。ようやく完成した燃料の試験データを握りしめ、万感の思いでエンジン実験部のドアをたたいた。

いすゞとユーグレナが構想する次世代車両コンセプト(出所:いすゞ自動車)
いすゞとユーグレナが構想する次世代車両コンセプト(出所:いすゞ自動車)
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 数年間かけて進めてきた自身のプロジェクトを「ようやく実現に一歩近づける」と高揚する小林。だが当初、このバイオ燃料プロジェクトには専用の人員や予算が配分されておらず、エンジン実験部の優先順位はどうしても低かった。

 「こっちは日程がパンクしそうなんだよ」

 「それは新型エンジンの開発よりも大切なのか」

 新しいことに果敢に挑戦する若手技術者に対して協力的な姿勢もあった。ただ、優先順位が高い他のプロジェクトも抱えているため、一部ではこのような意見も上がっていた。

 エンジン実験部の反応は当然といえよう。小林が持ち込んだ燃料サンプルは、いすゞにとってすぐに利益を生み出すような代物ではない。ユーグレナが開発した次世代のバイオ燃料で、ミドリムシ(学名:ユーグレナ)の油分を主原料に精製したものだ。

 確かに、ユーグレナのバイオ燃料は環境性が高い。ライフサイクルで二酸化炭素(CO2)排出量を評価する「LCA(Life Cycle Assessment)」で比較すると、一般的な軽油比でCO2排出量を7~8割減らせると見込む。

劣化しやすくイメージ悪い

 一方で、コストは軽油の200倍と高価で、1リットル当たり1万円に上る。さらに、当時の一般的なバイオ燃料は品質面にも課題があった。劣化しやすく保管コストが余計にかかる点だ。そんなイメージが定着した燃料を、スケジュールが常に火の車のエンジン実験部に持ち込んだところで、そうやすやすと試験までこぎ着けられるわけがない。

 「あんなもの、普及するはずがない」

 「なんの目的でやっているのか」

 時には社内から厳しい声も上がった。そもそも、燃料の適合を判断するエンジン試験は、準備にも相当な労力がいる。どの機種の何年製のエンジンを使うのか、対象のエンジンはどこから試験場に持ってくるのか、どの試験台を使っていつから動かすかなど、事細かに決めておかなければならない。一言でエンジン試験といっても、200人を超える人員を動かす必要がある。