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 既存の内燃機関車(ICE)と電気自動車(EV)の価格差が縮まり同等になる「価格パリティー(parity)」は近づいているのか――。前回は、英IHSマークイット(IHS Markit)のアドバイザリーサービスディレクターのラインハルト・ショルシュ(Reinhard Schorsch)氏の分析と、ドイツ・フォルクスワーゲン(Volkswagen、VW)が2020年9月に欧州で納車を開始する電気自動車(EV)「ID.3」の普及モデル「ID.3 Pure」について見てきた(図1)。

図1 VWが2020年9月に納車開始を予定する大衆EV「ID.3」
図1 VWが2020年9月に納車開始を予定する大衆EV「ID.3」
(出所:Volkswagen)
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 ただ、ID.3 Pureの1回の満充電による航続距離(以下、航続距離)はWLTPで330km。これでは足りないという消費者にとっては、ID.3 Pureは選択肢になりにくい。そこで、候補になるのは、同420kmの「ID.3 Pro」や同550kmの「ID.3 Pro S」といったより航続距離の長いEV。当然、その取得コストは高くなる。

 そこで頭をよぎるのは、ID.3 ProやID.3 Pro Sでも、同格のICEに対して総所有コスト(TCO)で優位性を発揮できるのかという点である。今回は、前回と同様の仮定に基づいてこの点を検証した上で、ID.3の普及に向けた課題と可能性を見ていく。

 前回紹介したように、ID.3 Proの車両価格は3万5000ユーロ(1ユーロ=118円換算で413万円)未満である。同格のICE「ゴルフライフ1.5L TSI」との取得コストの差は、「環境ボーナス(EnvironmentBonus)」(ドイツの補助金)を加味しない場合で8360ユーロ(同98万6480円)に広がる。ID.3 Pro Sの車両価格は4万ユーロ(同472万円)未満とさらに高いため、同取得コストの差は1万3360ユーロ(同157万6480円)へと拡大する。

 「Electric Vehicle Database」によると、ID.3 ProとID.3 Pro Sの電費(WLTP)は、順に138Wh/km(13.8kWh/100km)、140Wh/km(14.0kWh/100km)。前回と同様の仮定で計算すると、取得コストの差を回収するには、ID.3 Proの場合はケース1(環境ボーナスも自動車税免税も保険料の差額も加味しない)で16年3カ月、ケース2(環境ボーナスを加味しないが自動車税免税と保険料の差額を加味する)で10年3カ月、ケース3(環境ボーナスも自動車税免税も保険料の差額も加味する)で2年3カ月を要する(図2)。

図2 取得コスト差の回収に要する期間
図2 取得コスト差の回収に要する期間
対象とする市場はドイツ、比較対象のICEはゴルフライフ1.5L TSIとした。電気料金は31ct/kWh、ガソリン価格は1.46ユーロ/L、自動車の年間平均走行距離は1万4259kmと仮定した。ID.3のWLTP電費は、Electric Vehicle Databaseのデータに基づき、ID.3 Pureが13.6kWh/100km、ID.3 Proが13.8kWh/100km、ID.3 Pro Sが14.0kWh/100kmとし、充放電時に10%の電力損失が出ると仮定した。ゴルフライフ1.5L TSIのNDEC燃費は4.7L/100kmとし、WLTP燃費への変換で22%悪化するとした。年間の自動車保険料の減少額は、VWの試算に基づき、200ユーロと仮定した。日経クロステックが作成した。
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 ID.3 Pro Sについても同様の仮定で計算すると、ケース1(環境ボーナスも自動車税免税も保険料の差額も加味しない)で26年3カ月、ケース2(環境ボーナスを加味しないが自動車税免税と保険料の差額を加味する)で16年6カ月、ケース3(環境ボーナスも自動車税免税も保険料の差額も加味する)の場合で8年5カ月を要する。

 すなわち、ID.3 ProもID.3 Pro Sも、取得時のインセンティブ(環境ボーナス)や自動車税の免除といった政府・自治体の支援策を除いた場合、取得コストの回収にドイツにおける登録乗用車の平均保有年数(2018年1月1日時点、ドイツ連邦自動車局)の9.4年を超える期間を要するため、価格パリティーに近づいているとは言いにくい。だが、ID.3 Proについては、環境ボーナスは加味しなくても自動車税免税と保険料の差額を加味すれば、約10年で元が取れるので、価格パリティーに近づいていると言えるかもしれない。

 言い換えれば、ドイツにおいては、WLTP航続距離300km級ではケース1~3の全ての場合で、同400km級ではケース2~3の場合に限って、同500km超級ではケース3の場合のみで、それぞれ価格パリティーに到達する大衆車が登場し始めてくると言えそうだ。無論、ID.3が人気になり車両の残存価値が上がれば、さらに短期間で取得コストの差額分を回収することが可能になる。