全4785文字
PR

 数々の経営危機を乗り越え、マツダが2020年に創業100年を迎えた。新型コロナ禍で足元の状況は厳しい。だが、今度も乗り切るのではないかという期待感を抱かせる。同社は今、自動車のエンジン技術で世界トップを疾走しているからだ。世界シェアが2%で「スモールプレーヤー」と自称する小規模メーカーであるマツダが、なぜエンジン技術で世界一に上り詰めることができたのか。それは、人や資金が少なくても勝てるマツダ流の戦い方、「弱者の兵法」があるからだ。前編ではこの技術開発の方法を紹介する。

 世界の自動車業界が苦境に立たされている。新型コロナウイルスの影響で、自動車の需要が“蒸発”しているからだ。世界シェアがわずか2%にすぎず、自らを「スモールプレーヤー」と呼ぶマツダもまた例外ではない。2019年度決算発表の席で同社は「先行きは不透明で2020年度の業績は見通せない」と語った。一部には深刻な経営危機に陥る可能性を指摘する声もある。

 だが、マツダにはきっと乗り切るだろうという期待感を抱かせるところがある。同社はこれまでに数多(あまた)の経営危機を乗り越えてきたからだ。中でも、1990年代の「バブル崩壊」時に負った販売の多チャンネル化の失敗は深刻で、米フォード・モーター(Ford Motor)からエンジン開発費用の支援を受けて倒産の危機を回避するという苦杯をなめた。それでもはい上がり、2020年には1920年の創業から100周年目を迎えた。企業の平均寿命である23.9年(東京商工リサーチの2018年の調査)も、老舗の条件(創業30年以上)も優に超える偉業を果たしたのだ。

マツダの技術「スカイアクティブテクノロジー」搭載車
マツダの技術「スカイアクティブテクノロジー」搭載車
小型スポーツ車「ロードスターRF」。スカイアクティブテクノロジーはエンジンと変速機、ボディー、シャシーに関する技術の総称。(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 今回のコロナショックもマツダは乗り越えるのではないかと思わせるのは、過去の実績からだけではない。今のマツダは、厳しい環境下でも経営リソースが限られていても、優れた技術を開発できる独自の手法を備えているからだ。事実、その手法により、同社は現在、自動車のエンジン技術で世界トップを疾走している。

天才エンジン技術者が知恵を絞った発想

 マツダは2019年、新型ガソリンエンジン「SKYACTIV-X(スカイアクティブ エックス)」を市場投入した。圧縮比を世界一の16.3に高め、軽油を使うディーゼルエンジンと同様の圧縮着火をガソリンエンジンで可能にし、希薄燃焼(リーンバーン)を実現した画期的なエンジンだ。従来のガソリンエンジンに比べて燃費を2~3割高めただけではなく、トルクも1~3割向上させた。要は、環境性能も走行性能も共に高めたエンジンということだ。同社は「2.0L(リッター)ガソリンエンジンのスポーツカー『ロードスター』並みの走行性能を、1.5 Lディーゼルエンジンのコンパクトカー『デミオ』と同等の二酸化炭素(CO2)排出量で実現できる」と胸を張る。

SKYACTIV-Xの外観
SKYACTIV-Xの外観
圧縮比を16.3に高め、「SPCCI( Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)」により、ガソリンエンジンにおいて圧縮着火を実現した。(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 このエンジンは、スカイアクティブエンジンの第2弾(ステップ2)の製品である。第1弾は、2011年に市場投入したガソリンエンジン「スカイアクティブ-G」と、2012年のディーゼルエンジン「スカイアクティブ-D」だ。それぞれ当時におけるガソリンエンジン世界一の高圧縮比(14.0)とディーゼルエンジン世界一の低圧縮比(14.0)を実現した。中でも、スカイアクティブ-Gの14.0という圧縮比は世界中の自動車メーカーを驚かせた。「そんな高い圧縮比ではノッキング(異常燃焼)が生じるはずだ」という、それまでの自動車業界の“常識”を見事にひっくり返し、燃費とトルクを共に15%向上させたエンジンを実用化したからだ。

 このように、マツダは今、世界的に優れたエンジンを継続的に開発できる会社に変貌を遂げている。エンジンは厳しい燃費規制や排出ガス規制、仕向け地対応などが必須で、クリアしなければならない技術的な課題が山ほどある。規模が比較的小さい上に経営危機にあえいできたマツダは、世界の大手自動車メーカーに比べて経営リソースが乏しい企業だ。その企業がなぜ、エンジン技術で世界一に上り詰めることができたのか。

 それはマツダ流の戦い方、すなわち小さな企業でも勝てる「弱者の兵法」があるからだ。スカイアクティブエンジン群開発の立役者であり、マツダの天才エンジン技術者とも呼ばれる人見光夫氏(マツダシニアイノベーションフェロー)が考案した効率的な技術開発の方法である。

スカイアクティブエンジンを開発したマツダの人見光夫氏
スカイアクティブエンジンを開発したマツダの人見光夫氏
(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]