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 理化学研究所と富士通が共同開発したスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」が2020年6月22日(欧州時間)、スーパーコンピューターの性能を競う世界ランキング「TOP500」で1位を獲得しました。言うまでもなく日本の産業競争力において重要なことであり、大いに祝うべきことです。

 ただ、私としては1位獲得を喜ぶだけにとどまらず、この意味について多くの国民が理解することが非常に重要だと思っています。いまやスーパーコンピューターは単なる研究の道具ではなく、我々の生活を変える新たな価値を生み出すツールとなっているからです。

 しかし、それにはどうしても莫大な予算がかかるため、国民が広くスーパーコンピューターというものを理解し、その価値を正当に評価しなければなりません。

世界の頂上に立ったスーパーコンピューター「富岳」
世界の頂上に立ったスーパーコンピューター「富岳」
(出所:富士通)
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単なる1位ではなく、圧倒的な1位

 TOP500リストの公式ページ*1によると、今回富岳が出したスコアは、HPL(大規模連立一次方程式を解く性能を計測するもの)で415.5ペタフロップスとなっています。2位は米国のオークリッジ国立研究所の「サミット」で148.6ペタフロップスなので、2位に約2.8倍もの差をつけた圧倒的な性能を実現した上での1位です。

*1  TOP500リストの公式ページ  https://www.top500.org/

 富岳に関しては、開発費に官民を合わせて1300億円を投じたことがクローズアップされています。1300億円は確かに大きな投資です。その比較として2016年に世界1位となり、現在でも世界4位にある中国・国家超級計算無錫中心が開発した「神威・太湖之光」が引き合いに出されています。その開発費が約300億円(約18億元)であることから、富岳の開発費が高すぎると見る向きがあります。

 しかし、神威・太湖之光の性能はHPLで93.015ペタフロップスであり、性能比でコストを考えると、コストパフォーマンスが高いとは決して言えません。もちろん、性能が高いから価値があるとは単純には言えませんが、総開発費の数字だけで単純に開発費が高いと言い切れないのは確かです。何より、2位のサミットに対して2.8倍もの差をつけたという点は、日本の競争力において大きな意味を持ちます。

富岳と人工知能の関係

 今回の1位は、これまでの1位とは大きく違う点があります。人工知能(AI)関連処理の性能を測る「HPL-AI」という項目が新たに加わった点です。富岳はこの分野でも1位を取りました。

 例えば、創薬の開発において、人工知能の性能は製薬会社の売り上げに大きく影響するようになってきています。今や新薬の発見には人工知能の存在が欠かせません。最初に特許を押さえた会社が、その薬に対する権利を有することになります。従って、世界のどの企業よりも最初に発見しなければなりません。そのためには高性能のスーパーコンピューターで人工知能を動かす必要があります。この点において、富岳の存在が大きな意味を持つのです。

 他にも、大雨や地震などの災害対策や、繊維や金属などの新素材開発、効率の良い燃料電池の開発などに人工知能を使ったシミュレーションは欠かせません。つまり、高速に人工知能を動かせることが、極めて大きな価値を経済や生活にもたらすのです。将来的には、原子力発電に比べてはるかに安全性が高い核融合発電を実現するためにも、人工知能が使われると言われています。

 つまり、富岳は単なる浮動小数点の計算が速いだけではなく、人工知能を活用した新しい価値を生み出し得るスーパーコンピューターなのです。富岳が日本に非常に大きな恩恵をもたらす可能性を秘めていることを、我々は認識しなければなりません。

 富岳は当初の予定を早め、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の研究者に解放されますが、感染予防やワクチン開発においても大きな活躍が期待できます。

1位獲得の理由は新開発のCPU

 富岳には、CPUに富士通が開発した「A64FX」が搭載されています。これは富士通が英ARM(アーム)と協業で開発した独自のCPUで、ARMがサーバー用途に開発した「Armv8.2-A命令セット」を採用しています。

 Armv8.2-Aには「Dot product and half-precision float」と呼ばれるベクトル演算機能があり、人工知能(特に畳み込みニューラルネットワーク)で高い性能を発揮します。つまり、人工知能の高速化を見据えた設計で開発されたCPUなのです。

 ただし、CPUは演算能力だけで最終的な性能が決まるわけではありません。メモリーキャッシュやデータバスの転送速度や、コア間の並列計算効率などさまざまな箇所で工夫を施したことが、今回の結果につながったのだと思います。こうした努力が実り、富岳はGPU(画像処理半導体)ではなくCPUの計算によって、人工知能に関する性能テストで1位を取ったのです。これは従来のスーパーコンピューターとは大きく異なる点です。

 これまでのスーパーコンピューターは、人工知能の計算を米NVIDIA(エヌビディア)のGPUに頼っていました*2。NVIDIAのGPUに頼らずに人工知能の計算を高速にできるようになったことは、今後のスーパーコンピューター開発の歴史に大きな影響を与えると思います。

*2  GPUはもともと3Dグラフィックスなどの計算用に開発された演算装置。人工知能で多用される浮動小数点やベクトル計算ではCPUよりもGPUの方が高い性能が出ることが多い。そのため、人工知能の多くはGPUで計算される。中でも、NVIDIAのGPUが使われることが多い。