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 ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)や同Daimler(ダイムラー)が、“ビークルOS”と呼ばれる独自の車載ソフトウエア基盤を整備している。クルマの競争の舞台が「ソフト」や「サービス」に変わってきたことを象徴する動きだが、一方で「ハード」も大きく変わりそうだ。“ビークルOS”を駆動する統合ECU(電子制御ユニット)の領域で半導体メーカーの主導権争いが激化している。

 VWは統合ECU向けの半導体にルネサスエレクトロニクスのチップを選択したが、ダイムラーは米NVIDIA(エヌビディア)のチップを選んだ。これは統合ECUに対する両社の思想に違いがあるからだ。VWは段階的にECUの機能を統合していく持続的アプローチであり、ダイムラーは一気に統合を進める米Tesla(テスラ)のような破壊的アプローチを採る。この違いが、半導体の選択にも表れている。

 VWは、2020年9月に欧州で納車を開始する新型電気自動車(EV)「ID.3」に、「ICAS1(In-Car Application Server 1)」と呼ぶ統合ECUの搭載を決めた。ICAS1はドイツContinental(コンチネンタル)が供給し、心臓部にはルネサスエレクトロニクスの車載SoC(System on Chip)「R-Car M3」を採用する(リリース関連記事)。

(出所:ルネサス)
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 一方、ダイムラーは24年に発売する自動運転車のコンピューティング基盤に米NVIDIA(エヌビディア)の車載SoC「Orin(オーリン)」を採用すると20年6月に発表した(関連記事)。

(出所:ダイムラー)
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 いずれも“ビークルOS”を搭載し、OTA(Over The Air)によるソフト更新によって、車両販売後も継続的に機能を追加/改善する。

 “ビークルOS”はパソコンやスマホのOSと同様、基本的にハードウエア依存性がなく、SoCは自由に切り替えられる。半導体メーカーの競争が激化しているのは、このためだ。さらに、この機をとらえ、スマホ市場の厳しい競争を勝ち抜いた強豪のSoCメーカーが続々とクルマ市場に参入している。車載SoCは今や大競争時代に突入したのだ。

 そんな中、車載SoCの老舗であるルネサスがVWの統合ECUに採用された。ルネサスの車載SoCはトヨタ自動車の自動運転向けコンピューティング基盤にも採用されている。なぜ、ルネサスの車載SoCはVWやトヨタに採用されたのか。

 まず、VWの統合ECUであるICAS1は、クラウドとつながる車載ネットワークのルーター機能をつかさどる「コネクテッドゲートウエイECU」と、ボディー系のドメインECUを統合したものである。コンチネンタルでは「ボディハイパフォーマンスコンピュータ」と呼んでいる。OTAによるソフト更新を1カ所で集中管理するためのものだ。ICAS1の「1」は第1世代を意味し、今後第2世代、第3世代と進化する。ICAS1の下には、ADAS(先進運転支援システム)/AD(自動運転)系やインフォテインメント系などの各ドメインECUがぶら下がるとみられる。

 機能/用途別にECUを統合する電子アーキテクチャーは「ドメインアーキテクチャー」と呼ばれ、現在も使われているが、今後はコネクテッドゲートウエイECUや、特定のドメインECUへの集約(セントラル化)が進む方向である。このトレンドは「2030年ごろまで続く」と英Arm(アーム)Director, Automotive Solutionsの新井相俊氏はいう注1)

注1)その先は機能/用途別ではなく、車両の中央、前後、左右など、配置(ゾーン)ごとにECUの統合化を進める「ゾーンアーキテクチャー」が検討されているが、今回取材した限りでは実現を疑問視する声が多かった。

 もともと、ルネサスはクラウドとつながらない旧来の「セントラルゲートウエイECU」で実績があった。これはそれほど性能が求められないことから、車載マイコンが使われていた。ルネサスは車載マイコンで圧倒的な強みを持つ。

(出所:ルネサス)
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 VWのICAS1は、そこにクラウドとの接続機能や、ボディー系の制御機能を追加したものといえる。いわば、従来の技術の延長線上にある統合ECUである。このため、より高性能な車載SoCが必要になったものの、過去のノウハウやソフト資産を生かすためには、ルネサスのチップが都合が良かった。

 ルネサスによると、コネクテッドゲートウエイECUは、「一般的なSoCでは務まらない」(同社オートモーティブソリューション事業本部 副事業本部長 ヴァイスプレジデントの片岡健氏)という。ゲートウエイECUは車載ネットワーク全体を管理する重要部品であり、非常に高い安全性やセキュリティーが求められるからだ。さらに「リアルタイム性や低消費電力性も求められる」(同氏)。

 例えば、クルマはキーをオフにしても、車載ネットワークはしばらく動作し続け、ある程度のデータをやり取りする。通常のSoCではキーをオフにした途端に動作が止まるが、ルネサスの車載SoCは、一部の機能は動き続け、ある程度の処理を低電力でこなす。また、キーをオンにした際に、高速で起動する機能もある。これらは過去の車載マイコンで培った技術であり、VWのような伝統的な自動車メーカーにとって、使い勝手が良かったのだろう。

(出所:ルネサス)
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 その一方で、ICAS1では極端に高い演算性能は求めていないようだ。実際、今回採用したルネサスのR-Car M3は性能的にはミッドレンジであり、より高性能なR-Car H3などもある(トヨタが採用したのはR-Car H3)。これは、ボディー系の制御は、ADAS/AD系やインフォテインメント系に比べると処理負担が軽いからだろう。逆に、ADAS/AD系やインフォテインメント系のドメインECUは、現時点では車載SoCの性能に余裕がなく、コネクテッドゲートウエイの機能を統合しにくかったとも考えられる注2)

注2)VWはID.3から“ビークルOS”「vw.OS」の搭載を始めたものの、第1弾ということもあり、「vw.OSの一部の機能しか載せていない」(VW)と説明している。今後、高級車ブランドのドイツAudi(アウディ)などにフルバージョンのvw.OSを載せる考えで、その際にはハードウエア構成が変わってくる可能性がある。

 ルネサスのR-Carは、今回のVWの案件とは別に、21年から複数の1次部品メーカー(ティア1)で量産されるコネクテッドゲートウエイにも採用されている。過去の実績に裏打ちされたソフト資産の強みや、ハイエンドからローエンドまで幅広く対応できる製品ラインアップの広さ、低電力マイコンで培った低消費電力化技術などが評価されているようだ。

 では、今後の主戦場となるADAS/AD領域はどうか。現状ではADASでの採用実績が多い。2019年にADAS用のカメラを手掛けるティア1大手2社が、ルネサスのADAS向け車載SoC「R-Car V3M」「同V3H」をそれぞれ採用した。これらはディープラーニング(深層学習)を使ったAI(人工知能)の推論処理を高速化する独自のAIアクセラレーター「CNN IP」を搭載する。低消費電力なため、ADAS用カメラなどの小型部品に実装しやすい。

(出所:ルネサス)
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 ADASカメラに加え、今後はミリ波レーダーやLIDAR(レーザーレーダー)にも力を入れる。これらは電磁波の送受信が必要となるため、高周波を扱うRF ICが必須であり、ルネサスは車載SoCに加え、買収した米IDT(Integrated Device Technology)のRF IC技術を生かしたい考えである。

(出所:ルネサス)
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 R-Car M3などの「3」は第3世代を意味する。第3世代のチップは14nm/16nm世代の半導体製造技術を使う。これに対し、現在開発中の第4世代のR-Carは、恐らく7nm世代に微細化するとみられる。ADAS/AD領域では、非常に高い演算性能が求められるため、微細化が欠かせない。また、第4世代ではR-Carの製品ラインアップも、ADAS/AD向け、ゲートウエイ向け、IVI(車載インフォテインメント)向けと用途別に再編することを検討しているようだ。