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ベテランの大量退職に備える

 JR東日本は1987年に発足したが、前身に当たる旧国鉄は経営難のために新規人材採用をしなかった時期があり、JR東日本の世代別人員構成もいびつになっている。「ここ数年でベテランが一気に退職するのが全社的な課題だ。指令業務でもベテランの経験に頼らない仕組みを作る必要があり、AIを活用できないかと考えた」(山口課長)。

JR東日本の山口修 鉄道事業本部運輸車両部ビジネス戦略(輸送)グループ課長(左)と千種健二 同グループ主席
JR東日本の山口修 鉄道事業本部運輸車両部ビジネス戦略(輸送)グループ課長(左)と千種健二 同グループ主席
(出所:JR東日本)
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 新システムは2020年5月に稼働した。人身事故や車両故障など発生頻度が高い輸送障害については「ベテラン指令員の感覚に近い判断をAIが示すようになった」(山口課長)という。

 指令員は、ある列車の運転を打ち切ったり、行き先を変更したりする判断をして、その指示を列車の運転士や車掌らに伝える。日中の閑散時なら運転を打ち切ってでもダイヤの正常化を目指す。通勤・通学ラッシュ時に運転を打ち切ると過剰な混雑を招くため、遅れが出ても運転を維持する対応をする。

 指令員は経験を基にこうした判断をしている。新システムのAIは過去の類似事例を探し出し、そのときの判断を提示する。最終的な判断は指令員が下すが、過去の類似事例を参照しやすくなり、判断ミスを減らせる効果が出ているという。

教訓や気づきをAIに学ばせる

 ただ発生頻度が高い輸送障害については、若手指令員でも経験を積みやすく、そもそもAIによる支援の必要性が乏しい。支援がより求められるのは、発生頻度の低い輸送障害においてである。このケースではまだAIの実効性が乏しいという。

 例えば、局地的豪雨をもたらす「線状降水帯」という気象現象がある。2020年7月上旬に発生した令和2年7月豪雨では九州などで河川氾濫が相次ぎ、大きな被害が発生した。首都圏エリアでも2015年秋に線状降水帯によって茨城県や栃木県などで被害が出て、JR東日本の列車運行にも支障が出ている。今後も線状降水帯による輸送障害が発生する懸念がある。しかし事例の蓄積が少ないだけに、AIによる支援はまだ有効とはいえないレベルだという。

 この問題にただ手をこまぬいているわけではない。千種健二鉄道事業本部運輸車両部ビジネス戦略(輸送)グループ主席は「一連の検証を通じて、全く同一の事例だけを判断材料にするのではAIが有効に機能しないことが分かってきた」。そこで、新システム運用後は指令員が作成する報告書の書式を変更した。従来は、あくまで輸送障害の経緯と対応だけを入力していた。

新システムで指令員が対応を入力・参照する画面
新システムで指令員が対応を入力・参照する画面
(出所:JR東日本)
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 新システムでは、教訓や気づきも指令員が積極的に入力するよう改め、新たなノウハウの蓄積を急いでいる。例えば線状降水帯を含む豪雨による輸送障害が発生したら「豪雨のために電力設備に障害が発生した。もっと早めに電力設備担当者を手配しておけば復旧までの時間を短縮できた」といったことを入力しておく。この内容をAIが学習すると、全く同一でなくても類似した事象が発生した際に「電力設備担当者の手配にも留意すべきだ」といったアドバイスを示せるようになる。