全5761文字
PR

 人工知能(AI)技術、具体的には物体認識などをするCNN(Convolutional Neural Network)の大幅な省電力化が進んでいる。米Apple(アップル)はCNNの超省電力化技術を開発したベンチャー企業の米Xnor.aiを2020年1月に買収。近い将来、iPhoneやiPadなどに搭載するという観測も出てきた(図1)。米Intel(インテル)も半導体の学会で同様な技術を実装した専用チップを発表。国内ではLeapMindが実装モデルの知的財産(IP)を「Efficiera」として2020年6月にリリースするなど、CNNの超省エネルギー化技術の開発や製品化の競争が一気に加速してきた。利用者にとってもこれまで遠い存在だったCNNによる物体認識技術が一気に身近になる可能性が出てきた。

図1 Apple、IntelなどがBNNを採用へ
図1 Apple、IntelなどがBNNを採用へ
Appleは2020年1月に、BNNの実装モデルと開発環境を開発したXnor.aiを買収した(a)。約6米ドルのRaspberry Pi Zeroや2米ドルのFPGAでも動作する。Intelは2020年6月の学会VLSIシンポジウムで独自のBNNチップを発表。既存のAIチップの数百倍の省エネルギー性能を備えるとする。日本のベンチャー企業LeapMindは、BNNに近い「極小量子化技術」であれば、スマートフォン向けCNNの「MobileNetV2」に対して実装に必要なメモリー容量を99%削減できるとする。一方で、推論精度は約1ポイントの低下にとどまったとする。「LMnet」はLeapMindが独自に実装したCNN。(写真:(a)はXNOR.aiに出資した米Madrona Venture Group、(b)はIEEE、(c)はLeapMind)
[画像のクリックで拡大表示]

1W当たりの推論性能が不足

 ここにきて実用化されつつあるCNNの超省電力化技術は、CNN中の演算処理の大部分を1ビット、つまり2値のバイナリーデータで演算させることから、2値化されたCNN、または「BNN(Binarized Neural Network)」とも呼ばれる。

 BNNが脚光を浴びているのは、単位消費電力当たりの推論性能が実数を用いた一般的なCNNの100倍以上と非常に高いからである。

 これまでCNNはいかに高い推論精度を実現するか、あるいは演算の大規模化に対応させるかに開発の主眼が置かれてきた。ところが、学習結果を利用していざ端末側で物体認識など推論をさせようとすると大きな壁に突き当たった(図2)。必要な推論性能を得るには消費電力があまりに大きい点である。

図2 AI技術はなぜ普及しないか
図2 AI技術はなぜ普及しないか
CNNなどの深層学習を用いたAI技術がなかなか普及しない理由の1つを示した。それは、通信端末における単位消費電力当たりの推論性能(電力性能)が不足している点である。現在、利用可能なAIチップなどの電力性能は1TOPS/W前後。一方、要求される推論性能は小型端末でも2.2TOPS以上で、少なくとも2W以上の電力を必要とする。スマートフォンの電池容量は約15Wh程度で、AI機能だけ使っても7時間半以下しか持たない。実際には他の機能も使う必要があり、良いユーザー体験を提供するのは難しい状況にある。自動運転では数百TOPSの高い推論性能が必要で、現状では電気ストーブ並みの消費電力と発熱が避けられない。幅広い普及のためには、電力性能を100~1000倍に高める必要がある。
[画像のクリックで拡大表示]

 現在、製品化されているAIチップ、実質的にはCNNチップの多くは1W当たりの推論性能(電力性能)が1TOPS/W前後にとどまっている。

TOPS(Tera Operations Per Second)=演算速度の単位。1TOPSは1秒間に1兆回演算する。

 一方、スマートフォンなどの端末で実用的な物体認識をさせようとすると「2.2T~8.4TOPSの推論性能が必要になる」(LeapMind)。つまり、現状の電力性能では約2~17Wの電力が必要になる。最近のスマートフォンの電池の電流容量は大きいもので5000mAh、エネルギー容量では約15Wh前後であるため、CNNの消費電力が2Wでも最大7時間半しか持たない。もちろん電池はCNN専用ではない。他の機能と同時に使えば、利用可能時間は3~4時間かそれ以下となる。スマートフォンで写真を撮る一瞬だけ物体認識を使うのならともかく、一定時間この機能を使い続けることを目指すと、消費電力の壁が立ちはだかるのである。

 この課題は自動運転の実現にも壁になっている。自動運転では数百T~1000TOPS(1POPS)の推論性能が必要とされる。現行の電力性能のままでは、数百~1kWの電力を投入する必要があるが、これではEVの走行用電力を無視できない量、CNNに使ってしまう。発熱も電気ストーブ並みとなり、冷却が大きな課題となる。