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 米Tesla(テスラ)は電気自動車(EV)「モデル3」などに、自動運転に対応した新しい統合ECU(電子制御ユニット)「FSD(Full Self-Driving)コンピューター」を搭載している。自前の半導体チップを使い、AI(人工知能)の処理性能を飛躍的に高めたのが特徴だ。そのAI半導体を分析すると、意外な結果が見えてきた。

テスラのEV「モデル3」
テスラのEV「モデル3」
(出所:テスラ)
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 「テスラのAI半導体は回路構成が驚くほど単純だ」。こう指摘するのは、テスラのAI半導体を分析したハンガリーAImotive(AIモーティブ)である。AIモーティブは自動運転用のAI半導体を手掛けており、自社製品のベンチマーク対象としてテスラのチップを分析した。

 テスラが開発した「FSDチップ」は、CPUコアやGPUコアに加え、AI処理を高速化するための専用回路であるAIアクセラレーター「NNA(Neural Network Accelerator)」を搭載する(関連記事)。

AIモーティブがテスラのFSDチップを分析した。AIモーティブが手掛けるAIアクセラレーターIP「aiWare」と比較している
AIモーティブがテスラのFSDチップを分析した。AIモーティブが手掛けるAIアクセラレーターIP「aiWare」と比較している
(出所:AIモーティブ)
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 NNAは、FSDチップのAI処理性能を高めている“心臓部”ともいえる回路で、テスラはこの部分をカスタム設計した。ところが、そのNNAが驚くほど単純だとAIモーティブは指摘する。MAC(積和演算器)の回路ブロックの周辺に、SRAMの回路ブロックを配置した。MAC-SRAM間のデータ転送速度がボトルネックになりやすい構成で、「半導体メーカーだったら、こんな単純な設計はしない」(AIモーティブ)という。

左下の写真がテスラのNNA。SRAMが回路ブロックとして配置されており、MACとのデータ転送がボトルネックになりやすいという
左下の写真がテスラのNNA。SRAMが回路ブロックとして配置されており、MACとのデータ転送がボトルネックになりやすいという
(出所:AIモーティブ)
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 画像認識などのAI処理では、センサーからの入力に対し、MACによる積和演算を何度も繰り返す。演算結果をSRAMに一時的に保存し、そのデータを次の演算で使うことを繰り返していく。このため、MAC-SRAM間のデータ転送速度が遅いと、メモリーアクセスの間、演算器が待機することになり、ムダが生じてしまう。

 AIモーティブの試算では、AI処理時にNNAの演算器が稼働する割合(演算器の使用効率)は3割ほどにとどまる可能性があるという。FSDコンピューターはNNAを計4個搭載し、最大144TOPS(毎秒144兆回)の演算性能を持つが、もし演算器の使用効率が3割なら、実際には43TOPSの性能しか出ないことになる。演算器の使用効率が低いと、消費電力やチップ面積(チップコスト)の点でもムダが多くなる。

 このように、テスラが一見不利な回路構成を採用している点について、AIモーティブは「開発期間(time to market)を優先した結果ではないか」と分析する。半導体業界ではMAC-SRAM間のデータ転送速度を飛躍的に高める方法がすでに知られているからだ。例えば、MACとSRAMを一体化した回路ブロックを多数並べる手法を使うと、「MAC-SRAM間のデータ転送速度を、現状のNNAの約100倍に高速化できる」(同社)。その場合、演算器の使用効率は7~9割に改善するという。

 ただ、その一方で回路設計は複雑になる。「テスラのシンプルなNNAに比べて、開発期間は半年から1年ほど長くかかるだろう」(同社)。テスラは不利を承知の上で、「あえて開発期間を短縮しやすい単純な回路構成を選択した」とAIモーティブは分析する。

 このように必ずしも最新ではない技術を組み合わせて、開発期間を短縮する手法は、かつて米Apple(アップル)の「iPhone」などにも見られた。テスラは自動運転のセンサーに最新のLIDAR(レーザーレーダー)ではなく、技術的にこなれたカメラやミリ波レーダーを使う。半導体も、あえて新しい技術を入れず、開発期間を短縮したとAIモーティブはみている。

 一般に、半導体メーカーは、新しい技術によって少しでもチップ面積を減らし、低コスト化したいと考える。このため、テスラのように不利を承知の上で割り切って使うという発想が生まれにくい。しかし、テスラのような高級EVメーカーにとっては、半導体のチップ面積を減らすことよりも、早く市場に出すことの方がより重要といえる。テスラのAIチップは、自動車メーカーならではの“合理的な”半導体といえそうだ。