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 「デカい。これじゃダメだ。使ってもらえない」

 「購入の選択肢にも上がらないのではないか」

 「この大きさなら製品化すべきではないな」

 皆が一目で感じた問題点はボディーが大き過ぎたこと。もちろん、寸法は設計段階で把握していたはず。それでも、実物とデータとでは印象に大きな差異があった。実際にインナーウエアに取り付けると、装置部分がハッキリそれと分かる形で後ろ側に飛び出し、重量感のある大きい異物を背負っているようで目立つ。

 これでは、とてもビジネスパーソンが日常的に使える代物とはいえない。どうにかして小型化を実現しなければ。

 「あと二回り小さくしたい。全設計をやり直そう」

 2018年冬、伊藤らが至った結論がこうだ。ボディーを小さくするために何をやるべきかを徹底的に洗い出して、設計を振り出しに戻す決意をした。

 ボディーを小さくするには、搭載する機構部品の小型化が絶対条件となる。鍵となったのは、放熱に必要なフィンやファンである。これらを小さく設計できれば、ボディーは格段に小さくなる。ただ、それは冷房装置としての性能を下げることを意味していた。

 なんとか性能を下げずに小型化を実現したい。そのために伊藤は、内蔵するペルチェ素子注)の消費電力を抑えようと考えた。それにより、ペルチェ素子の発熱を減らし、冷却用のフィンやファンも小さくできると踏んだ。多種多様な性能の素子で試験しながら、消費電力を最も減らせる部品の組み合わせを模索していった。

注)ペルチェ素子は、通電すると片面が低温に、片面が高温になる。これは、2種類の金属の接合部に電流を流すと、一方に向けて熱が移動する「ペルチェ効果」によるもの。

 さらに、大きく改良を施したのがペルチェ素子の制御部分である。人間は冷たいものに触れたとき、最初の一瞬は非常に冷たく感じるが、そこから徐々に冷たさに慣れていく。しばらくすると、最初ほどの冷たさは感じにくくなる。

 つまり、常に一定の温度で冷感を付与すれば良いわけではなく、ペルチェ素子に抑揚をつけたパルス信号に近い制御を取り入れることで、利用者の感じる冷感を維持しながら消費電力を抑えることができる。結果として、発熱も抑えられ、機構部の小型化も実現した。

「全設計やり直し」によって二回りの小型化を実現した
「全設計やり直し」によって二回りの小型化を実現した
写真中央がインナーウエアを介して首元と接する部分。内蔵したペルチェ素子に通電させて冷感を付与する。日本製を表す「Made in Japan」の表記がある。ボディー右側部には起動ボタンと充電用のUSB Type-Cポートを備えている。(撮影:日経クロステック)
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 2019年1月、一からの再設計で二回りの小型化を実現した伊藤らは、新たな試作機を引っ提げて社内の企画審査に挑む。

 伊藤らが活用しようと考えたのが、スタートアップの創出と事業運営を支援する「Sony Startup Acceleration Program(ソニー・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム)/SSAP」と呼ぶ仕組みである。

 同プログラムは、ソニー社内の事業部の壁を取り払い、どのような人員編成でチームを組んでも、社外の人間を加えてもよいという制度だ。

 ソニーにとって新しい取り組みを進めてきた伊藤らと、スタートアップを支援する同プロジェクトとの相性は良好だった。全設計をやり直した新たな試作機で見事オーディションを合格し、2019年夏のイベントで量産モデルに近い試作機を大々的に披露するに至った。

 市場の反応も良好。ソニーが運営するWebサイトでクラウドファンディングを実施したところ、開始から1週間で目標額の6600万円を集めることに成功し、量産化へ弾みをつけた。

 社内および市場から好感触は得られた。しかし、伊藤の胸中は達成感で満たされてはいなかった。