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 「これじゃダメだ。使ってもらえない」――。初めての試作機はなんの称賛も得られぬままお蔵入りとなった。その後、「全設計やり直し」の大変身を遂げて二回りの小型化を実現。ついに製品化までこぎ着けた。そんな逆転劇の主役は、ソニーが2020年7月1日に発売した「REON POCKET(レオンポケット)」である。専用端末をインナーウエアに取り付けて、まるで“着るエアコン”のように首元を冷やしたり温めたりする。着想から企画・開発・発売まで、3年間にわたる技術者の熱き奮闘に迫った。(本文は敬称略)

ソニーが開発・発売した「REON POCKET(レオンポケット)」
ソニーが開発・発売した「REON POCKET(レオンポケット)」
ペルチェ素子を内蔵した専用端末をインナーウエアの首元に取り付け、まるで“着るエアコン”のように接触部分の体表面を冷やしたり温めたりする。夏季を想定した実験では、5分間の使用で約13度の冷却効果を確認できた。使用温度範囲は5~40度。質量は約89gで、端末の外形寸法は全長116×全幅54×全高20mmである。リチウムイオン電池を内蔵し、USB Type-Cケーブルで充電する。約2.5時間の充電で、冷却動作時は約2.5時間、温熱動作時は約2時間使える。2020年7月1日に発売。本体価格は1万3000円(税別)。専用のインナーウエアは3種類のサイズを用意し、各1800円(税別)で販売している。(撮影:日経クロステック)
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 「この暑さはなんだ」

 2017年夏、とある新規事業の案件を進めるため、中国・上海市の国際空港に降り立った伊藤健二(現在:ソニー事業開発プラットフォーム Startup Acceleration部門 Business Acceleration部 REON事業室 統括課長)はその異様な暑さに衝撃を受けた。

 「今、外は何度ですか?」

 伊藤はたまらず空港の従業員に尋ねた。

 「今日は38度くらいですね。最近の上海は毎日こんな感じですよ」

 従業員は屈託のない笑顔でこう答えた。38度という気温は日本で何度か経験したことがある。ただ、人口や産業の一極集中による人口密度の増加に伴い、上海市内の「ヒートアイランド現象」は顕著化していた。海外出張という精神的な緊張も相まってか、体感としては気温40度を超えるような酷暑に感じられた。

 普通に外を歩けば途端に体中から汗が噴き出し、シャツが肌にまとわりつく。これは耐えられないとホテルに入った伊藤であるが、冷房が効いたロビーは20度前後まで温度が下がっており、今度は屋内外の倍近い温度差に体調を崩しそうになる。

 「これは、日本も人ごとではないかもしれない」

 日本においても、近年は異常な暑さが問題化し、人々の生活を脅かしていた。今後の環境変化次第では、上海市で経験したような酷暑が日本に到来する可能性もある。こう考えた伊藤は、帰国後、問題解決に少しでも貢献できそうな製品やサービスを模索し始めた。

 当時同じチームに所属していた同じ伊藤姓の伊藤陽一(現在:ソニー事業開発プラットフォーム Startup Acceleration部門 Business Acceleration部 REON事業室 ソフトウェア開発マネジャー)に声をかけ、ここから本格的に二人三脚での開発ストーリーが始まる。

 目指すのは、ビジネスパーソンが炎天下の外出先で快適に活動でき、なおかつ気軽に使える製品。当時、日本にこのような製品はまだなく、建築現場向けのファン付き作業着や、手持ちの小型扇風機などが関の山であった。どれも外出時の快適性を高める機能を持つが、ビジネスパーソンが周りの目を気にせず使うには抵抗があった。

 衣服に取り付ける小型の冷却・温熱装置というコンセプトは早い段階で決めていた。通勤時間や外出時間など、ビジネスパーソンの多くは屋外を1日当たり1~1.5時間移動することが分かった。つまり1回の充電で2時間以上使うことができれば実用的な水準に達する。あとは、ソニーの持つどんな技術を組み合わせてこの構想を形にするかだ。

 伊藤はソニー入社後、業務用ビデオカメラの設計に長く携わってきた。電子機器の製品開発は熱との戦いである。発生する熱をどう効率よく処理するのか、そのために限られたボディーの中にどのような技術を詰め込むべきか、こういった課題解決に日々邁進(まいしん)してきた。製品の熱シミュレーションや実機に組み込んでの性能試験などに、カメラ設計の知見を生かせる。

大き過ぎた試作機

 自身の知見と社内の豊富なデータを生かしながら製品開発を進め、ついに2018年秋、試作機が完成した。努力の結晶のお目見えに胸踊る伊藤ら開発チームの面々。ただ、届いた試作機は目指してきた理想像とは程遠い姿をしていた。