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 「うちもAIで何かできないか」と経営層や上司に言われて、苦しんでいる産業分野のエンジニアは少なくない。例えば、「AIを使って生産ラインの不具合を事前に検知・解析し、工場全体の稼働率を上げられないか」、といった指令が出る。いろいろ試すものの、袋小路に迷い込み、エンジニアは頭をかかえて身動きがとれない。こうした悩めるエンジニアを救おうと、独自のAI(機械学習)システムの開発を進めているのが京都のAIベンチャー企業「HACARUS」である。少量のデータの学習で実用的なAIを生み出す技術に優れる。

今回の取材で話を聞いた、HACARUSの主なメンバー
今回の取材で話を聞いた、HACARUSの主なメンバー
左からCMOのエイドリアン・ソスナ氏、取締役CTOの染田貴志氏、代表取締役CEOの藤原健真氏、エッジ・エバンジェリストの田胡治之氏。HACARUSが撮影
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 GAFA(Google Apple Facebook Amazon)の著しい成長を支えた技術の1つがAIであることは間違いないことから、IT業界はビッグデータの次のキーワードとしてAIを掲げAIで何でもできるかのような喧伝(けんでん)にいそしんでいる。半導体メーカーですら、今後伸びる応用分野としてAIを挙げる。経営層や上司がざわつくことは理解できる。

 現在のAIブーム(第3次AIブーム)の立役者の技術は、深層学習と言ってよいだろう。深層学習では、既存の機械学習よりも層数の多い(深い)ニューラルネットワークであるDNN(Deep Neural Network)を使うことで、推論(これが、いわゆるAI処理)の精度を上げることが可能になった。学習フェーズでは、ラベル付き(正解を人手で加えた)データを大量に入力することで、DNN上に推論処理に使うモデルが自動的に生成される。推論フェーズでは、このモデルに沿ってデータが順次処理されることで、データが自動的に分類されたり、一致を確かめたりといったことが可能になる。

 現在、DNNベースの学習・推論システムの開発プラットフォームは、容易に手に入る。すなわち、ラベル付きのデータを「Caffe」や「TensorFlow」といったフレームワーク(多くはデータセンターのサーバー上で稼働している)に入力すれば、推論用モデルが自動生成される。このモデルを推論用のハードウエア(MPUやMCU、FPGA、NPU(Neural network Processing Unit))に最適なモデルに変換するソフトウエアもハードウエアメーカーらが用意しており、推論処理系はこれで出来上がる。

機械学習システムの課題は学習データの用意
機械学習システムの課題は学習データの用意
「57th Design Automation Conference(DAC 2020)」(米国時間の7月20日~24日にオンライン開催)において、米Stanford Universityの准教授のChristopher Ré氏が講演で見せたスライド。同氏によれば、機械学習応用システムはモデル、学習データ、処理ハードウエアの3つからなる。モデルやハードウエアは確立しているが、学習用データをそろえることは課題として残るケースが多いことを指摘した。同氏の講演タイトルは「If you want to be rich, get a lot of money: Theory and Systems for Weak Supervision」である
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 冒頭に紹介した悩めるエンジニアたちの多くも、上記の開発プラットフォームと評価用のデータを使って、深層学習システムが構築できることを確認するところまではたどり着く。ところが、いざ、自分のシステムや機器に向けた、推論用モデルを開発しようとすると、つまずくことが多い。学習させるデータが少ないのである。特に不具合のデータが少ない。実は、深層学習という技術は、学習向きのデータが大量にあることが前提になっている。GAFAのように黙っていてもユーザーがデータを作ってくれる(すなわち、サイト上の行動履歴を残してくれる)状況ならば、問題はない。しかし、産業分野では、学習させるべきデータが潤沢(じゅんたく)というケースはまれだ。

スパースモデリング技術を機械学習に応用

 データが少ない産業分野でも、AI(機械学習)を活用できるようにするための取り組みを行っている組織は一定数存在する。その中の1つが、京都に本社を構えるAIベンチャーのHACARUSである。同社の特徴は、スパースモデリングと呼ばれる技術を使うことで、少ないデータでも実務に役立つ機械学習システムが構築できるようにしていることだ。

 スパースモデリングとは、少ない情報でも大量の情報がある場合に近い精度で計算や解析を行うための技術で、情報が少ない分処理時間が短いという特徴もある。すでに高速医療用MRI画像解析などに応用されており、少し前にはブラックホールを可視化する超解像化にも適用されて話題を呼んだ*1

 HACARUSは2014年の創業で、すでに複数の顧客に向けてスパースモデリングを応用した機械学習システムの開発を進めている。例えば、大阪ガスとは、地中埋蔵のガス管検査に向けた機械学習システムを共同開発中である。また、京都大学や神戸大学、バイエル薬品、とはそれぞれ医療画像診断に向けて、機械学習システムの共同開発を始めた*2