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 「それで、いくらもうかるんだ?」──。持続可能な開発目標(SDGs;エスディージーズ)への取り組みの必要性を説明する社員に、ある日本企業の経営者が発した言葉だ。もう何年もこの状況が変わっていない。

 ご存じの通り、SDGsは持続可能でより良い世界をつくることを目指す国際目標である。2015年9月の国連サミットで採択されたもので、2030年を年限とする17の国際目標(ゴール)が設定された。現在、SDGsの推進は全ての日本企業にとってマスト(必須)となっている。

SDGsの17の目標
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SDGsの17の目標
(出所:国際連合広報センター)
 それでも、SDGsをCSR(企業の社会的責任)や企業イメージ向上の一環としか捉えていない日本企業が依然として多い。「また1つ余計なコストが増えた」というのが、ほとんどの日本企業の本音ではないか。確かに、持続可能な条件を満たしながら開発を進めるには、しかるべきコストが必要となる。その分、利益は減ると考えるのが普通だろう。冒頭の経営者の発言の背景には、こうした裏事情がある。日本では「SDGsで社会貢献する」などと声高に叫ぶと、「なにをきれい事を言っているのか」と、うさん臭く見られてしまう傾向すらあるほどだ。

 ところが、「社会的に善いことを行うことと稼ぐこととは両立できる」と公言してはばからない企業が欧州にある。オランダの大手総合化学メーカーであるRoyal DSMだ。同社が2020年2月に発表した2019年の売上高は90億1000万ユーロ(約1兆1263億円、1ユーロ=125円)で、純利益は7億6400万(約955億円)。純利益率は約8.5%と、製造業としては確かに高い。売り上げの3分の2はビタミンなどの微量栄養素事業、3分の1がエンジニアリングプラスチック(エンプラ)や塗料添加剤、繊維状などの材料事業となっている。

DSMの本社
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DSMの本社
オランダのリンブルフ州ヘールレン市にある。(出所:DSM)

 海外メディアからも高い評価を得ている。例えば、米経済誌「FORTUNE(フォーチュン)」が2015年から始めた「世界を変える企業50社(Change the World)」には、2016年から3年連続でリストに入った。このうち、2017年には2位を獲得している。

 日本ではあまり知られていないが、実はDSMは持続可能性(サステナビリティー)にいち早く取り組み、SDGsに関して世界中の企業の模範となっているほどの先進的な企業なのである。

善いことをして株価を3倍に

 転機は、現在DSMの名誉会長であるフェイケ・シーベスマ氏が、最高経営責任者(CEO)に就任した後の2008年に訪れた。リーマン・ショックが起きた年だ。業績を落としたDSMに対し、株主総会で「もっと利益を得られる事業に取り組んで、とにかく株価を上げよ」と迫られた。これに対し、シーベスマ氏は「企業の評価が株価や業績だけというのは社会に対して無責任だ。私はこの世界をより善いものにする事業を続けたい」と返したという。

 後に、この論争の軍配はシーベスマ氏に上がる。先述した高収益やメディアからの好評価に加えて、同氏はCEOを退任する直前の2019年までの間に、「DSMの株価を3倍に高めた」(同社)からだ(2020年に退任)。

 シーベスマ氏は社内外に次のような趣旨のメッセージを発した。「10年前は社会的に善いことと利益とは相反していた。現在はそれらを両立させることが可能な時代になっている。そして10年後は、それらを両立できていなれば、誰も働いてくれず、社会から望まれない会社になる」と。

DSMの前CEOのメッセージ
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DSMの前CEOのメッセージ
社会的に善いことと利益を同時に追求しなければ会社の10年後はないと語った。(出所:DSM)

 社会的に善いことを追求すれば、一般にコストが上がって利益が減るはずだ。にもかかわらず、DSMはなぜ稼げるのか。それは、社会的に善いことを行うことと稼ぐこととが相反するものではなく、実は「比例関係」にあると見抜いているからだ。例えば、2018年に公表された「ニュー・クライメイト・エコノミー報告書(New Climate Economy Report)」は、「低炭素成長(低炭素化)は、2030年までに保守的に見積もって26兆米ドル(約2756兆円、1米ドル=106円換算)もの利益をもたらす」と見ている。また、国連開発計画(UNDP)は、SDGsが生み出す市場機会は2030年までに1200兆円/年と見積もっている。この莫大なビジネスチャンスを、SDGsを推進することで真っ先につかもうという狙いが同社にはあるのだ。