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 そこには何もないように見える。本当にアクリル樹脂板があるのだろうか——。思わず手を伸ばすと指先に樹脂板の感触が伝わり、その「透明度」に、2度驚く。

「モスマイト」を貼った無反射アクリル板「アクリライト」のサンプル
「モスマイト」を貼った無反射アクリル板「アクリライト」のサンプル
モスマイトを貼った左半分は映り込みがなく、実際に見てもほとんど樹脂板の存在を感じさせない。「モスマイト」を貼っていない右半分の樹脂板には、絵を見ている女性の顔がはっきり映り込んでいる。(出所:日経クロステック)
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 三菱ケミカルホールディングスのショールーム「KAITEKI SQUARE」(東京・千代田)には、三菱ケミカルの反射防止フィルム「モスマイト」を表と裏に貼ったアクリル樹脂板「アクリライト」のサンプルが展示されている。最大の特徴は反射率が0.5%以下とほとんど反射がないこと。このためモスマイトを表裏に貼るだけで通常92%程度のアクリル板の光透過率が約99%まで高まるほか、映り込みがほぼ発生しなくなる。このため「何もない」かのように見えるのだ。

モスマイトを貼ったアクリル樹脂板を採用した額装(動画)
モスマイトを貼った左半分にはほとんど映り込みがなく、貼っていない右半分には映り込んでいるのが分かる。(出所:日経クロステック)

 そんなモスマイトにちょっとした追い風が吹いている。ほかならぬ新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下新型コロナ)の拡大である。感染対策として「非接触」の機運が高まり「何もないかのように見えるアクリル板」に新たなニーズを生んだ。

 例えば、モスマイトを貼ったアクリル樹脂板のパーティション。何もないかのように見えるため、テレビのバラエティー番組の収録やドラマの撮影といった現場で出演者同士を「隔てる」ために使われ始めている。既に複数のテレビ局が購入。あるテレビ局の技術担当者からは「照明器具やセットの映り込みがないのでクリアな状態で撮影でき、飛沫対策と映像のクオリティーを両立させる効果を実感した」との声も届いているという。

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三菱ケミカルのショールーム「KAITEKI SQUARE」の受付
三菱ケミカルのショールーム「KAITEKI SQUARE」の受付
モスマイトを貼ったアクリライトのパーティションを設置している。(出所:日経クロステック)
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 一般向けの需要も見え始めた。「マスクをしていると見栄えが悪いので、反射のないアクリル板が欲しい」という識者が、モスマイトを貼ったアクリル樹脂板のパーティションを講演会の演台用に設置する事例も出てきた。飛沫感染防止のために顔を覆うフェイスシールドで、目の部分の周辺にモスマイトを貼り、視界をクリアにした製品の試作も始めている。

画期的な技術と称賛されるも最大の欠点が……

 モスマイトは旧三菱レイヨンが開発して2012年から本格販売を開始*1。高い光透過率とほぼ無反射という画期的な特性を評価され、車載ディスプレーやカーナビゲーション、鉄道の駅構内の行き先案内表示板などに採用されている。

*1 三菱レイヨン(当時)が「モスマイトフィルム」として販売。三菱レイヨンは2017年に三菱化学、三菱樹脂と合併して現在は三菱ケミカルになっている。

 画期的な技術なのに意外に広がっていない? 実はその通り。モスマイトにはある重大な欠点があり、そのせいでこれまではいまひとつ需要が伸び悩んでいた。

カシオ計算機の耐衝撃ウオッチ「G-SHOCK(Gショック)」の「GBD-H1000」。2020年5月発売。(出所:日経クロステック)
カシオ計算機の耐衝撃ウオッチ「G-SHOCK(Gショック)」の「GBD-H1000」。2020年5月発売。(出所:日経クロステック)
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 例えば20年5月に発売されたカシオ計算機の「GBD-H1000」。人気の耐衝撃ウオッチ「G-SHOCK(Gショック)シリーズ」の一員であるこの製品では、光の反射を抑制してディスプレーの高精細化と高コントラスト化を実現するためモスマイトを採用している。

 ただし、モスマイトを貼っているのは時間を表示するディスプレーの表面ではなくその内側。太陽光発電素子と液晶モジュールである。実は車載ディスプレーなどの採用例でもモスマイトはタッチパネルと液晶モジュールの間にある空気層に面した内側で使われている。

車載ディスプレーの内側にモスマイトを貼るイメージ
車載ディスプレーの内側にモスマイトを貼るイメージ
(出所:三菱ケミカル)
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 Gショックにしても車載ディスプレーにしても表面にもモスマイトを貼ればさらに透明度が高まるのは分かっている。それをしないのは「人の手などが触れると機能が落ちる」というネックがあるからだ。この欠点はモスマイトが反射を防ぐ仕組み自体と密接に関係している。