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 既に報道されているように、米NVIDIA(エヌビディア)が英Arm(アーム)をソフトバンクグループから4.2兆円で買収した。この金額を高いと見るか、安いと見るかはさまざまな意見があると思うが、エンジニアの視点で見ると「NVIDIAにとっては必要な良い買い物だった」と筆者は捉えている。

目的はCPUの販売ではない

 あくまでも筆者の予想だが、今回の買収における最終目的はCPUを開発して販売することではないだろう。ArmはCPUの設計においてさまざまなノウハウと実績を持っているため、GPU(画像処理半導体)をメインに扱うNVIDIAはこの買収で新たにCPUを手に入れることができる。

 エンジニアの目線で見れば、GPUとCPUを別々に造って売るよりも、両方を持つことのシナジーを考えることの方が重要だ。今回の買収劇に対しては、プロセッサーの部分ばかりに注目が集まっているが、それは表面的な部分でしかないと思う。そこで、この買収の先に考えられる未来について考察してみたい。

Arm買収を知らせるNVIDIAのWebサイト
Arm買収を知らせるNVIDIAのWebサイト
(NVIDIAのWebサイトのキャプチャー)
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GPUメイン・CPUサブの世界

 CPUの処理能力は、近年においても例外なく「ムーアの法則」に則(のっと)る形で向上してきた。一方で、通常のパソコンやサーバーの処理でCPUの処理能力を100%使うような状態はあまりない。多くの場合、ボトルネックは別にあり、結果としてCPUの処理能力を持て余しているともいえる。

 ところが、3次元(3D)グラフィックスや人工知能(AI)の学習といった特定の用途に限り、プロセッサーで大量の計算を行う必要が出てきた。そこで光が当たったのがGPUだ。これからは計算処理のほとんどをGPUで行うことになるかもしれない。実際、世の中がGPUを重視するのに伴い、画像処理以外の汎用計算もGPUで行うGPGPU(General-Purpose computing on Graphics Processing Units)の考え方が普及しつつある。ただし、全ての処理をGPUで効率良く行うことは現時点では難しく、CPUを使う必要がある。

 これを踏まえると、多くの処理をGPUで行えるように、今後はGPUをメインに据えた構成を考え、CPUはGPUを補助するマネジメント的な役割と、特定のアプリケーションで利用するために使うという考え方が生まれるかもしれない。そのCPUは、現在のCPUとは別にグラフィックボードに載る、もしくは同じチップに載る可能性がある。

 このArm買収の先には、GPUを中心とした、現在とは違う全く新しいコンピューターアーキテクチャーが誕生し、より高い効率と処理能力で新たな世界を切り開く姿が見えてくるのではないかと筆者は期待している。

NVIDIAとArmの両トップ
NVIDIAとArmの両トップ
左がNVIDIA President and CEOのJensen Huang氏で、右がArm CEOのSimon Segars氏。(出所:日経クロステック)
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重要なのはエコシステム

 GPUとCPUの強力なタッグを考えると、最終的には両方が搭載されたSoC(システム・オン・チップ)が開発されるかもしれない。SoCについて考えると、処理能力以上に重要なのはエコシステムだ。具体的には、さまざまなOSで利用可能なドライバーや、便利な開発ツール、オープンな情報がやりとりされる活発なコミュニティーなどが挙げられる。

 例えば、最近世界中で急速に普及しているSoCに伊仏合弁STMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス)の「STM32」がある。実は、このSTM32は、「Arm Cortex-M」コアをベースとしている。なぜ、数あるArmベースのSoCの中でSTM32の人気が高まっているかといえば、STMicroelectronicsがライブラリーや開発ツール、ツールセット、プロファイラーなどから構成される優れたエコシステム(生態系)を提供しているからだろう。

 日本にもNECや富士通など高性能のプロセッサーやSoCを開発する企業はあるが、それが一部のスーパーコンピューター以外にスケール(拡大)しない原因は、支持されるエコシステムが欠如しているからだと筆者は考えている。

 NVIDIAに話を戻すと、Arm買収の効果を最大化にするには、今後NVIDIAが提供していくエコシステムがどれだけ支持されるかにかかっていると思う。

 同社は既に「CUDA」という開発プラットフォームを提供している。NVIDIAのGPUを使ったソフトウエアがさまざまなOSで開発できる、まさにエコシステムの中核となるものだ。だが、現行のCUDAはGPGPU向けに設計されているため、今後はArmベースのCPUをどう組み込むかを考えることになるだろう。

 このように考えると、NVIDIAがArmベースのCPUをいくつ販売するかは、実はあまり重要ではなく、世界中に既に存在するArmベースのCPUをどれくらいCUDAを中心とするエコシステムに参加させるかの方が重要かもしれない。