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 特許情報を使った調査・解析として大きな注目を集める「IPランドスケープ」。このIPランドスケープを活用し、人工知能(AI)を巡る技術開発競争について分析した。今回はコンピューター分野を対象とし、[1]次世代のゲームチェンジャーと目される量子コンピューターの切り口と、[2]短期的な現実解と目されるAIチップの切り口で、それぞれ深堀り分析を試みた。その結果、米中勢2強の様相が鮮明となった。スーパーコンピューター(スパコン)で世界一を奪還した「富岳」を開発した富士通でさえ大きく劣後しており、由々しき事態であることがあぶり出された。

 「日本のスパコン『富岳』、8年半ぶり世界一奪還」──。2020年6月23日付の日本経済新聞の見出しが日本中を沸かせた。新型コロナウイルス感染症対策に向けた治療薬候補選定への活用も進んでいるとして、コロナ禍の不安を緩和する朗報となった。一方、感染症対策に向けた各国間の連携が求められるにもかかわらず、米中貿易摩擦に端を発したデカップリング(分裂)問題が影を落としている。これにより、次世代技術を巡る開発競争に拍車がかかっており、その対象技術として人工知能(AI)が挙げられる。

 そこで、AIを巡る開発競争の今を、特許情報を使った調査・解析である「IPランドスケープ」によって2回に分けてあぶり出したい。1回目となる今回は、コンピューター分野における主要企業の動向について米中勢を中心として分析した結果を論じる。

AIを巡る各国企業間の技術競争〔俯瞰(ふかん)分析〕

 深層学習(ディープラーニング)の普及が進んだ2013年以降のグローバル特許出願は、2020年6月公開時点で約4万5000件*1に及ぶ。図1は、今回のAI関連特許情報に基づく俯瞰分析に用いた出願人ランキングマップ(左側)と、出願人と技術分類*2との関係を示すマトリクスマップ(右側)である*3

図1●AI関連特許情報に基づく俯瞰分析(左:出願人ランキングマップ、右:マトリクスマップ)
図1●AI関連特許情報に基づく俯瞰分析(左:出願人ランキングマップ、右:マトリクスマップ)
(出所:知財ランドスケープ)
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 出願人ランキングマップにおける出願人(民間企業)トップ16社の内訳は、米国6社〔IBM(アイビーエム)、Microsoft(マイクロソフト)Alphabet(アルファベット)グループ、Intel(インテル)、 Facebook(フェイスブック)、 Accenture(アクセンチュア)〕、中国5社{BAT3社〔バイドゥ(Baidu)、アリババ集団(Alibaba)、テンセント(Tencent)〕、Cambricon Technologies(以下、Cambricon)、中国平安}、韓国2社〔Samsung Electronics(サムスン電子)グループ、LG(エルジー)グループ〕、日本2社(NECグループ、富士通)および欧州1社〔SIEMENS(シーメンス)グループ〕となり、米中勢2強の様相を呈する。マトリクスマップによれば、Tencentによるスマホゲーム、Baiduグループによる自動運転、Alibaba グループ/中国平安によるフィンテック、Cambriconによるデータ処理(AIチップ)への傾注がそれぞれ顕著であり、中国勢は選択と集中に長(た)ける様子がうかがえる。総じて、米中勢2強の様相があぶり出された格好といえよう。

*1 グローバル企業では、実質同一内容で複数国に出願することが多く、個別にカウントすると財力に余裕のある大企業の過度な評価につながりかねないため、一連の出願群を1ファミリー(1件扱い)とした。
*2  International Patent Classification(IPC)と称する技術分類を使ったが、コードとその説明文は一般には分かり難いため、説明文を適宜改変して記した。また、検索式に用いたIPC自体や、eコマース関連は各社特徴をあぶり出す上でノイズが多いため割愛した。
*3 時期的トレンド分析の一助として、各マップ上のバーチャートやパイチャートを時期ごとに区分した。時期の基準としては、出願日に比して技術開発タイミングに近い優先日、より具体的には1ファミリー中、最も早い優先日を採用した。出願人については、漏れ防止の観点から適宜名寄せやグルーピングを行った。

AI×量子コンピューターを巡る各国企業間の開発競争(深掘り分析)

 AIの普及と高性能化に伴って、学習に要する計算量が莫大化する一方、プロセッサーの微細化が製造プロセス上の制約から鈍化しており、従来型では対応が難しくなっている。対策として有望視されるのが、従来型とは原理から異なる量子コンピューターである。図1において技術分野の1つとして出現することからも、AIとの密接な関係性がうかがえて注目に値する。そこで、「AI×量子コンピューター」の切り口で深堀分析を試みた。

 具体的には、図2に示す通り、量子コンピューター分野でサブ母集団を切り出し、これを使った時系列マップを作成した。さらに時系列マップ内のバブルチャートを他社被引用数*4で区分した。

図2●AI×量子コンピューターの深堀り分析(他社被引用数に着目した時系列マップ)
図2●AI×量子コンピューターの深堀り分析(他社被引用数に着目した時系列マップ)
(出所:知財ランドスケープ)
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 その結果、時系列マップの通り、首位のIBMは件数面で突出するものの2017年以降に傾注した後発であるのに対し、2位のAlphabetグループ〔名義人は米Google(グーグル)〕は先駆的で他社注目度の高いものを複数有することが判明した。

 図3は、縦軸に他社被引用数、横軸にファミリー番号数*5を配し、Microsoftまでのトップ3についてファミリー数に応じた直径のバブルをプロットしたものだ。右上に位置するほど自社注目度と他社注目度が共に大きくて優位といえるところ、Googleが正に該当することが判明した。

図3●AI×量子コンピューターの深堀分析(トップ3について自社/他社注目度に着目した散布図)
図3●AI×量子コンピューターの深堀分析(トップ3について自社/他社注目度に着目した散布図)
(出所:知財ランドスケープ)
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 Googleを優位に引き上げたのは、図2の時系列マップ上、「優先日2014年(青色部)」の2件である。の通り、発明名称からして正に量子コンピューター関連だ。両出願の筆頭発明者であるMasoud Mohseni氏は、AIで著名なカナダのトロント大学で博士号を取得後、量子コンピューターで著名なMITリサーチラボで研究職に従事した、AI×量子コンピューターの逸材であることも判明した。

表●AI×量子コンピューターにおけるGoogleの自社/他社注目度大の出願(優先日2014年)
(出所:知財ランドスケープ)
表●AI×量子コンピューターにおけるGoogleの自社/他社注目度大の出願(優先日2014年)
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 以上より、米国勢による2強が他を圧倒する構図があぶり出された格好といえよう。

*4 学術論文と同様、価値のあるものほど数多く他社から引用されることに着目し、他社被引用数を他社注目度の重要指標として活用した。
*5 特許出願のルーツは共通するも、派生したものを数多く別出願(外国出願含む)するほど自社注目度が大きくなるといえることに着目し、これを自社注目度の重要指標として活用した。