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 「AIが自分自身の延長になる」「自分の記憶のバックアップを取って自分やロボットの体にダウンロードできる」――。

 脳をコンピューターと直結するインターフェース(BMI:Brain Machine Interface)技術のスタートアップである米Neuralink(ニューラリンク)は、2020年8月28日に最新の開発状況を報告するイベントを開催。同社創業者のElon Musk(イーロン・マスク)氏は、将来の壮大な構想を語った。

 同社の技術や構想の特徴は何か。そして、Musk氏が語るような未来を目指すには何が足りず、どうすれば解決できそうなのか。コンピューターへの意識のアップロードを目指す企業「MinD in a Device」を立ち上げ、自らも脳神経科学者として侵襲型の脳計測を手掛けてきた東京大学准教授の渡辺正峰氏に聞いた。(聞き手は今井拓司=ライター)

 先日の発表会を見た印象からお話ししたいと思います。NeuralinkのBMIの設計思想はとても堅実で、最先端の脳神経科学の手法を上手に取り入れているように見受けられました。

 NeuralinkがBMIに取り組む他の民間企業と一線を画しているのは、ニューロン(神経細胞)単体の細胞外記録(電極をニューロンの細胞体のごく近傍に置く)という侵襲的な手法を採用していることです。

 具体的には、外科的に開頭した後に、脳を包むくも膜や硬膜を通して大脳皮質そのものに電極を挿入します。彼らが目指す脳からの高密度な情報読み出しと脳への書き込みを実現する上で、個々のニューロン活動へのアクセスは必須であり、侵襲性を避けて通ることはできません。ただし後で説明しますが、彼らの書き込み手法には原理的な問題があります。

Neuralinkは電極を脳の中に挿入し、ニューロンのそばで外部と信号をやり取りする(出所:Neuralink)
Neuralinkは電極を脳の中に挿入し、ニューロンのそばで外部と信号をやり取りする(出所:Neuralink)
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 細胞外記録については、様々な手法の中から彼らの目的に合ったものを選んでいるようです。最近、脳神経科学の分野では、なるべく多くのニューロンの信号をできるだけ長期間にわたって計測したいという要求が増えています。それによって、電極密度を高め、電極のベース素材の柔軟性を改善する多くのイノベーションが生まれました。

 電極素材に柔軟性が求められるのは、頭蓋骨の中で脳が豆腐のように揺れ動いているからです。電極をその動きに追随させることで、生体防御反応による組織の出血や電極との付着を避け、長期的かつ安定的に計測できることが明らかになりました。Neuralinkは、これらの知見を積極的に取り込み、脳神経科学の正常な進化の延長線上で実用的な技術を確立しようと試みているようです。

 逆の見方をすれば、電極の設計や仕様そのものは、最先端の脳神経科学のレベルと比べて、特段秀でているわけではないともいえます。計測できるニューロンの数や期間に関しては、学術論文をひもとけば、Neuralinkの方法に勝るものが多く見つかります。

医療用技術として先進的

 一方で医療応用技術として見たときには、(1)高い情報密度と安全性の両立と(2)人体への組み込みやすさの2点において、極めて先進的です。