全4744文字
PR

 Elon Musk(イーロン・マスク)氏が率いる米Neuralink(ニューラリンク)のBMI(Brain Machine Interface)技術について、「MinD in a Device」共同創業者で脳神経科学者である渡辺正峰氏は「極めて先進的」と高く評価する。その一方、脳への情報書き込みに重大な問題を抱えているとも指摘する。問題の中身や解決策のアイデアについて渡辺氏に聞いた。(聞き手は今井拓司=ライター)

 Neuralinkが採用した脳への情報書き込み手法は原理的な問題を抱えています。情報書き込みは、電極にわずかな電流を流し、周囲のニューロンを発火させる方法が一般的で、同社もこれを採用しています。

 問題となるのは、電極周囲のニューロン以外に発火してしまう「あるもの」の存在です。このことを指摘し、従来手法による脳への高密度の情報書き込みに警鐘を鳴らしたのが、米Harvard University(ハーバード大学、当時)教授のClay Reid(クレイ・リード)氏ら。2009年に発表した論文1)をかいつまんで紹介します。

1)M. H. Histed et al., “Direct Activation of Sparse, Distributed Populations of Cortical Neurons by Electrical Microstimulation,” Neuron, Vol. 63, Issue 4., pp.508-522, Aug 2009.

 論文では、電極から電流を流すと同時に、その周辺組織への効果を観察するために2光子顕微鏡という特殊な装置を用いました。2光子顕微鏡は、数mm以上という脳の広範囲にわたって、個々のニューロンの活動を観測できる技術です。00年代後半に実用化され、脳神経科学を飛躍的に進歩させた立役者です。

 Reid氏らが2光子顕微鏡による観察で発見したのは、電極から流す電流を最小限に抑えても、300μm超の広範囲にわたってニューロンが活動してしまうことでした。同氏らは原因として、電流によって周囲のニューロンが発火すると同時に、電極の周辺を通る軸索(ニューロンの出力経路)を活動させてしまうことを挙げました。

 先述の「あるもの」とは、この軸索です。軸索が活動すると、そこで発生した電気スパイクが通常とは逆方向に進み、その先にある遠くのニューロン細胞体を活動させてしまうのです。

 これは、BMIの電極では活動を捉えきれないほど遠くのニューロンまでが発火することを意味します。電極が活動を計測できる範囲はせいぜい100μm程度といわれています。つまり、100μ〜300μmの範囲には、情報を書き込んでしまうけれど、読み取りはできないニューロンが存在することになります。これでは、電流を流したときに実際に書き込めたニューロンがどれなのかを把握できません。

 脳に情報を正しく書き込むためには、発火しているニューロンと被験者の知覚の関係を分析する必要がありますが、どのニューロンが発火しているのか分からなければこれを調べようがありません。読み書きの不一致があると、ある意味ででたらめな情報が脳に書き込まれてしまうわけです。

[画像のクリックで拡大表示]
上の画像の赤い部分は電極に電流を流して刺激を加えたことを表す。それに応じて発火したニューロンが明るい緑色の点として表現されている。下の画像は刺激を加えた直後の状態で、電極からかなり離れた左下の部分などにも発火したニューロンがあることが分かる。縮尺は不明だが、従来の研究から推測すると数百μm離れた場所のニューロンも発火するとみられる(出所:Neuralink)
上の画像の赤い部分は電極に電流を流して刺激を加えたことを表す。それに応じて発火したニューロンが明るい緑色の点として表現されている。下の画像は刺激を加えた直後の状態で、電極からかなり離れた左下の部分などにも発火したニューロンがあることが分かる。縮尺は不明だが、従来の研究から推測すると数百μm離れた場所のニューロンも発火するとみられる(出所:Neuralink)
[画像のクリックで拡大表示]

読み書き不一致の影響が大きい

 Neuralinkの発表会でMusk氏は「1つの電極が1000から1万のニューロンに影響を与える。電極が1000個あれば何百万ものニューロンを刺激できる」と説明していました。用途によってはこうした刺激が適しているのは確かです。

 例えば、同氏が脳への電気刺激の実用例として挙げていた「脳深部刺激療法(DBS:Deep Brain Stimulation)」は、少々乱暴ないい方をするなら、活動を止めてしまった部位に燃料をくべて再び動かすようなもので、厳密な読み書きの一致が要求されません。

 一方で、同社が将来の目標として掲げる「高精細なカメラを脳につないで視覚情報を書き込む」ことは、読み書きの不一致の影響を大きく受けてしまいます。

 書き込みが想定される第一次視覚野は、視覚信号が大脳皮質に伝わる入り口の部分に当たり、似た性質を持つニューロンが空間的に近くに集まった構造(コラム構造)を持っています。第一次視覚野の場合、それぞれのコラムは網膜のごく狭い範囲を担当し、その中に提示された特定の線分の傾きに反応します注)

注)脳の視覚野は、網膜に映った画像を階層的に処理している。その最初の段階に当たる第一次視覚野は、画像を構成する図形的な特徴などを検出しており、それには画像中の様々な角度の線分が含まれる。

 問題はこのコラムの大きさで、線分の傾きの精度を上げていくと100μm程度になります。逆にいえば、あるコラムのすぐ外側には別の特性を持ったコラムがあるので、同社の方式のように書き込みが300μm超の広範囲にわたると、狙った角度の線分だけを書き込めないわけです。

 どんなに電極の密度を高めても、我々が普段目にしているようなフォトリアリスティックな視覚像からは程遠い、ぼやけた像しか提示できないことになります。Reid氏らの論文はこの結論をもって、従来手法による脳への情報書き込みに対して警鐘を鳴らしているのです。

 実をいうとコラム構造を持つ第一次視覚野などはましな方で、Neuralinkがもう1つの将来の目標として掲げる「記憶の外部保持とリロード」は、さらに困難を伴います。

 脳の中で記憶をつかさどる海馬や側頭葉といった部位は、そもそもコラム構造を持たず、まさに「隣のニューロンは何をする人ぞ」という様相です。読み書きの不一致は、深刻な問題です。

神経束断面にCMOSセンサーを挿入

 この本質的な問題を克服する手段の1つとして、当社の提案を紹介したいと思います。私が大学教員として東京大学から特許を出願し、将来目指す意識のアップロードに採用しようと考えている手法です。読み書きの不一致の問題を解決し、脳への高密度の情報書き込み、ひいては機械と脳の大規模な相互作用への道筋を付けるものと考えています。

 従来手法と大きく異なるのは、BMIの素子を挿入する箇所です。左右の大脳半球をつなぐ神経線維が密集している「脳梁(のうりょう)」という部位に挿入することを想定しています。