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 病院の駐車場に車を止めたらパーソナルモビリティーが迎えにきて、受付・検査・診療の場所まで連れて行ってもらい、最後に駐車場まで送ってくれる。そんな病院の実現に向けて、慶應義塾大学病院が実証実験を2020年9月に開始した。

 今回の実証実験は、同病院の正面玄関付近と総合案内所の間の約100mを、車椅子形状のパーソナルモビリティーが自動運転し、来院した患者を運ぶというもの。主に高齢者や足の不自由な患者に向けたもので無償で自由に使える。期限付きの実証実験ではあるが、プロジェクトの発起人である副病院長 兼 精神・神経科教授の三村將氏によれば、「大きな問題点がなければ、実験終了後の2021年4月以降も継続する。自動運転提供エリアも徐々に拡大していきたい」という。機材は、WHILLが提供した。

実証実験で使うパーソナルモビリティー「WHILL自動運転システム」
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実証実験で使うパーソナルモビリティー「WHILL自動運転システム」
あらかじめ作成した院内地図情報と、センサーが検知した周囲の状況を照らし合わせながら走行する。搭載するセンサーは、赤外線光の往復時間から距離を測るLiDAR(Light Detection And Ranging)が前方に1台と、視差情報から測距するステレオカメラが後方に2台。周囲の人や物を検知すると、自動で停止して衝突を避ける。走行速度は時速3キロメートル弱。(出所:慶応義塾大学)
実証実験の概要
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実証実験の概要
同病院1号館1階総合案内付近と正面入り口付近に設置された「WHILLステーション」間の約100mを移動する。患者を無事に送り届けると、パーソナルモビリティーは無人のまま出発地まで帰還する。(出所:慶応義塾大学)

 三村氏が今回の取り組みを始めたきっかけは、専門である認知症や高次脳機能障害の研究で感じた問題意識だ。同氏はもともと、認知機能の低下した人でも安心・安全に自動車を運転できる社会の仕組みづくりを目指していた。現在の日本では、75歳以上の人が自動車免許の更新時に認知症と診断された場合、道路交通法に基づいて免許が取り消される。だが一方で、「認知症患者は約500万人。さらに軽度認知障害(MCI)の患者は約1000万人もいる」(同氏)。つまり、これだけ大勢の人が移動の足を奪われてしまうことになる。

 自動運転は認知症患者の運転問題の解決手段の1つになる。利用者の手動操作が必要ないからだ。三村氏が10数年前に掲げた理想的なビジョンは、認知症患者の自宅にパーソナルモビリティーを配備し、病院やスーパーマーケット等への往復や施設内の移動を、一貫して自動運転システムに任せるというものだった。しかし、今でこそ公道における自動運転は「レベル3」(一定の条件下であれば、運転者がハンドルから手を放し、システムに運転を任せてもよい)が道路交通法で解禁されているものの、当時の日本ではなじみのない概念だった。

 そこで三村氏は、場所を病院内に限定した自動運転システムに目標転換した。それと同時に、対象を認知症患者だけでなく、足の不自由な患者や高齢者にも広げた。たとえば車で来院した足の不自由な患者が、駐車場に配備されている自動運転モビリティーに乗車すると、受付から診察、そして再び駐車場に戻るまでの一連の移動を下車せずにできる。こういった病院内での自動運転システムは、公道まで含めた自動運転よりも実現性が高い。