ラップトップPCのような風貌の装置に恐る恐る両足を乗せる。重心を少し前に移すと、その装置は「ウィーーン」と控えめな音を出して進み始めた。ステアリングホイールはなく、前進同様、左右の旋回にも重心の移動を使う。重心を右に移せば右に旋回し、左に移せば左に旋回する。どちらかの足のつま先を離せば減速する。意のままに操るには数時間単位の練習が必要だが、ひとたび習得すれば直感的な操縦を楽しめる。
筆者が試乗したのは「WALKCAR(ウォーカー)」と呼ぶ小型の電気自動車(EV)で、技術スタートアップのCOCOA MOTORS.(東京・渋谷)が2020年6月に販売を始めた製品だ(図1、2)。EVといっても、前述したようにあるのは板状の装置だけ。米Tesla(テスラ)や日産自動車などが手掛ける乗用車ベースのEVとは一線を画す。
最大の特徴は、小さく、軽いこと。車両寸法は全長215×全幅346×全高74mmで、対角寸法は約13インチとなる。質量は2.9kg。手で持ち上げて移動でき、かばんに入れても簡単に持ち運べる。携帯して電車やバスに乗り込み、到着した駅やバス停からのラストワンマイルの移動などで使う。駐車場や駐輪場が不要な点が、他の1人乗りモビリティーと違う点だ。利用時のハードルを下げやすい。
底部に4輪を備え、駆動用モーターで前2輪を動かして走る。最高速度や航続距離は走行モードによって変わり、速度を重視したスポーツモード時は、最高速度16km/hで航続距離は5km。ノーマルモード時は、最高速度10km/hで航続距離は7kmとなる。いずれも、充電時間は60分としている。
ウォーカーは、COCOA MOTORS.社長の佐藤国亮氏が大学院修士課程在学中の2011年に開発を始め、2016年には試作機を完成させた。ただ、当時は走行性能や耐久性などが目標値に届かず、そこから4年かけて満足のいく性能値まで仕様を向上してきた。そして、延べ9年の開発期間を経て量産・販売にこぎ着けた。初期ロット300台は完売し、需要に応じて増産を計画する。
ようやく日の目を見た同車両であるが、最高速度6km/hを超えることから、公道を走る際にはナンバープレートを取り付ける必要がある。また、第一種原動機付き自転車(原付き一種)を運転可能な免許も必須だ。国が定める保安基準にのっとって、ヘッドランプや方向指示器などの機器も追加しなくてはならない。公道を走るためのハードルは高く、現実的ではない。
日本での利用者は、基本的に私道や公園など特定の走行可能なエリアで使うことになる。最高速度を6km/h以下に落とすなどして歩道を走れるようにする手段もあるが、「(6km/h以下では)利用者の行動範囲を広げる目的を果たせず、商品価値は著しく下がる」(佐藤社長)とし、現在の最高速度16km/hにこだわる。
ただ、このままでは利用シーンが限られ、販売台数を大きく伸ばすことは難しい。同じように、数kmの移動を目的とした1人乗りの小型車両は、世界中で生まれては消えている。代表格の「セグウェイ」(米Segwayが開発・販売、現在は中国企業の傘下)は20年7月に米国生産を終了した。Segwayは、普及が見込めない左右2輪車から、欧米で人気の高い電動キックボード(キックスケーター)に事業の軸足を移した。
電動キックボードは、次世代の移動サービス「MaaS(Mobility as a Service)」に組み込む車両として日本でも期待を集める。2020年下期から、各地で公道上の実証実験が始まり、1人乗りモビリティーの有力候補として注目度が高い。実用的な電動キックボードに対して、持ち運びやすさや乗り味などで優位性を示せるかが、ウォーカーの普及に向けた鍵となりそうだ。
日本電産系IWM採用
EVの性能を左右するのは、電池やモーターといった基幹部品である(図3)。ウォーカーでは「18650(直径18.0×長さ65.0mm)」リチウムイオン電池セルを7個組み合わせ、合計容量68Whとしている。民生用に大量流通するため調達コストを抑えやすく、個々のセルの配置を制御できることから小型車両にも納めやすい。ECU(電子制御ユニット)と並べるように車両の底部に搭載している。