2020年10月22日、三菱重工業が小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ、以下スペースジェット)」事業を事実上凍結する方向で最終調整に入ったと報じられた。これに対し、同社広報部および三菱航空機(愛知県・豊山町)広報部は同日深夜、共に肯定も否定も避けつつ「当社が正式に発表したものではない」とコメントした。
三菱航空機のある社員は、「スペースジェット事業凍結の事実は知らされていない」と打ち明けた上で、心境をこう吐露する。「新型コロナにより、航空業界は相当なダメージを受けている。エアライン(航空会社)はもちろん、航空機メーカーもだ。当社の競合企業も開発を延期したり中止したりしている。こうした中で、(親会社である)三菱重工業が新たな作戦を練りたい(事業を凍結したい)というのは、厳しい判断ではあるが、理解はできる」。これら関係者の話などから、三菱重工業の経営陣によるトップダウンでスペースジェット事業凍結の話が進んでいると推測される。
①MRJ開発遅延の真相、知見不足で8年を浪費 直面した900件以上の設計変更
②三菱スペースジェット事業凍結、型式証明に泣いた12年目の結末
③「誰も責を負わない」開発 三菱スペースジェット失敗の本質
収益力低下で三菱重工業がもたない
いずれにせよ、スペースジェット事業が凍結される可能性は極めて高い。新型コロナは同事業だけではなく、三菱重工業全体の収益力をもむしばんでいるからだ。これまで利益を生んできた4事業〔エナジー事業、プラント・インフラ事業、物流・冷熱・ドライブシステム事業、航空・防衛・宇宙事業(スペースジェット事業を除く)〕の収益が急速に悪化。2020年度(2021年3月期)第1四半期(4~6月;1Q)を見ると、エナジー事業以外は全て赤字だ。黒字とはいえ、同事業も事業利益はわずかに3億円しかない。この状況にスペースジェット事業が生んだ688億円の減益要因が重くのしかかり、三菱重工業は713億円もの赤字を計上している。
同社にとって、スペースジェット事業は将来有望な新事業のはずだった。だが、足元では完全な“重荷”となっている。スペースジェットは約300機を受注済みとはいえ、まだ型式証明(Type Certificate:TC)を取得できていない。そのため、開発費がかさむばかりで収入はない。それでも、これまでは他の事業で稼いだ利益をスペースジェット事業に投じても、なお十分な利益があった。ところが、先の通り、他の事業まで稼げなくなっており、スペースジェット事業を支える余力を三菱重工業は失ってしまっているのだ。
現に、同社は2019年度(2020年3月期)に295億円の赤字に転落。スペースジェット事業で計上した2633億円の損失(過年度計上資産の減損を含む)を他の事業が支えきれなかった。2020年度は4事業が全て減益の見込みである上に、積み上げた2150億円の利益を、新型コロナの影響の1400億円とスペースジェット事業の1100~1300億円の減益要因が吹き飛ばし、事業利益はゼロ円になる見通しを三菱重工業は発表している。
同社は既に1兆円もの巨費をスペースジェットの開発に投じているとみられる。出費を抑えるべく、開発費を従来の1200億~1400億円/年から600億円/年に圧縮し、三菱航空機の人員を半減して、北米にある拠点を3拠点から1拠点に絞り込むなどリストラを断行した。だが、いつ収益を生むかが見えないにもかかわらず、このまま開発費を捻出し続けると、さすがに三菱重工業本体がもたないと同社の経営陣は考えたのだろう。